ブルーと副総統
舞台挨拶。
 ゆっくりと衆人環視の中、俺は舞台中央に足を進めた。
 副総統もキラキラとした笑顔で俺のほうだけ見て歩いてくる。
 二人が舞台真ん中でピンスポットの中に入ったときに、どちらからともなく手を差し伸べた。久々に触る副総統の手は、つめが少し短く切られていて、今日のサーモンピンクのドレスに合わせて、落ち着いたピンクに染められていた。
 軽くて相変わらずどこまで力入れていいか悩むような小ささだったけど、引き寄せた。
 副総統が少しだけ口をあけたので、思わずキスを交わしてしまった。
 久々に味わう小さくて柔らかい唇に触ったらなんだか訳がわからなくなった。

 その瞬間すごい黄色い声というか、歓声に鼓膜が破けるかと思ったけど、そんなこと関係なしに俺はしばらくぶりの副総統の小さい身体を抱きしめてしまった。



 舞台挨拶をなんだか質問に答えていく形で終えて、そのあとスポンサーやら局の偉いさんたちに『空気読んでのちゅーはよかった!』とか『これDVDにおまけ収録して問題ないよね?』とか言われたりしたあと、やっと引いてくれて、一人でボケラーとしていた。
 その頃に、副総統はメイクを落として、服もピンク系だけどシンプルなワンピースに着替えてきたらしく、控え室に入ってきた。

「ぶるー?」

 そう言って彼女が俺の膝の上に乗っかって座る。
 ワンピースはフレアっぽかったから全然足を広げてもきついとかがないみたいだ。
 相変わらず羽みたいに軽くて、逆に本当は夢なんじゃないかなーとか思ってしまった。思わずぎゅっと副総統の手を握った。

「連絡しなかったこと、もしかして怒ってる?」
「怒る?」
「あたし黙っていなくなっちゃったし…」

 うわー。かわええっ。副総統こんなキャラだっけ?

「いや。俺たちの関係考えると仕方ないと思ってるよ」
「よかったーっ。横○先生に絶対連絡先も教えちゃだめって釘刺されててさ~」

 え? 横○先生? 脚本家の?

「先生から、ぶるーのクノー《苦悩》の表情がクるモノが絶対あるからって言われちゃってさー。ごめん、ネ?」

 そう小首を副総統はかしげた。うわー。なんていうか内容はおいといて、まじやばいくらい可愛いんですけど? でも俺はやっぱここは確認せねばって思ってがんばって聞く。

「えーと。それって脚本上ってコト?」
「そうみたい。あーよかった。怒ってなくて」

 にっこりと副総統は笑っていった。
 え?ってことはあの一夜ってある意味、脚本上、仕込まれたってこと!?
 仕込だったの!?
 俺はちょっと崩れそうになった。
 ちゅーことは、ビッチな副総統に、俺美味しくいただかれたどころか、番組のネタにされたってこと!? 俺のDTってそういう位置づけなの?
 俺は数分前までやっと副総統と始めれるのかな?とか淡い期待というか、恋の予感でいっぱいだったのに。
 た、立ち直れない……っ。

「ぶるーは、次の仕事はどうするの?」

 そんな俺のへこたれた気持ちに気がつかずに副総統は続けた。

「え?」
「ヒーローは引退じゃない?」
「あ…。俳優業に戻ろうかと」

 ヒーローは一年限りの契約だ。大体ヒーローって特殊能力があるわけじゃなくて、強いのはスーツの部分。だから中身はそこそこ顔や体が出来てるやつらが選ばれる。
 レッドや俺は、もともとアイドルや俳優出身。オーディションで今回の仕事を引き受けたんだった。ただし、悪の組織はその限りじゃない。特殊能力、特殊技能者の集団だし、なんてったって覆面だから、次のときは覆面や衣装を変えて役割は大体同じ。

「副総統は来年も副総統なの?」
「あたし? 今回面割れしちゃったから、引退」

 笑ってなんでもないことのように言う副総統に逆に驚く。

「え? じゃーどうするの?制裁とかないの?」
「組織にはとっくに恩義も返しちゃってたし、今回の件ではヒーローショウテレビのお偉いさんやクライアントさんたちも間に入ってくれたから穏便だったよ。組織の傍らやってた仕事をメインにして働くつもり。結構フリーダムな職場だから、ぶるーの予定にも合わせれるから、売れて忙しくなっても平気だよ」

 俺の予定に合わせる…?

「え?……副総統っ。つ、付き合ってくれるの?」
「ぶるー…、あたしとはやり捨てのつもりだったの?」

 目を半眼にして、すごい機嫌悪そうに腕を組んで副総統が言った。俺はぶんぶん(×3回くらい)と首を振るしかなかった。それを見て副総統は小さく笑った。

「ね、あたしの名前、呼んでみてよ」
「…アンリ」

 知っててくれたんだ? そう、副総統はうれしそうに笑って俺の首に手をかけて言った。

「ね。シヨ? 昂《コウ》?」

 副総統も俺の名前知っててくれたんだ!
 えっでもここで!?!?!?
 あー結局、俺って副総統にずっと振り回されちゃうのかな。
 そう思ったけど、彼女の小さくて可愛い唇から赤い舌が伸びてきて、俺の唇に沿わされたら、もう思考がぐずぐずと溶けた。
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