ノータイトルストーリー
会社に着くと車を降り、事務所に入るといつものように自分のデスクにつき、たばこに火を付ける。

始業時間の約30分前の日課だった。

そして決まってその頃になると、背後に気配感じ振り返るとはにかみながら、たばこをもらいに来る男が約一名ほどいる(笑)

しかし、今日に限ってはその男、もとい佐々木は現れなかった…

適当なところは多々あるが、朝の遅刻だけはしたことはなかった。

昨日は午後の会議には遅刻したが(笑)

ヘビにあれだけ、チクり×2と抉られた後だし、「さては昨日のデートで飲み過ぎたのかぁ?」などと想像して「でも、まぁその内来るだろう?」とタカを括っていた。
パソコンにスイッチを入れた頃、二本目のたばこが灰と化していた。

始業10分前頃だ、流石に相変わらず、少し心配になりケータイに手を伸ばす。

ほぼ同時に会社の電話が鳴り響いた。

佐々木からだった。

「藤井さんすか?」

「あぁどうした?なんかトラブルか?」

「ちょっと、今取り込んでるんで、取り敢えず今日休みの申請たのんます!説明は後でしますんでじゃあ!」

「ちょっ、おい!?」

「プツン…ツーツーツー…」

「ったく…どうしたんだあいつ?」

「頼まれちゃ仕方ないので、ヘビ課長には、風邪と話をごまかして休みを申請するか…」

「吉岡…課長」

「……んぁ、あぁ、藤井か、どうした?」

「実は今、電話がありまして…」

「あぁ、そうか。分かった。」

内心、噛み付かれるかと思っていたから、これだけすんなりとやり過ごせるとは…

しかし、なんだか様子が変だ…

いつもとは、どこか雰囲気が違ったのに気が付いた。

「何があったんだ…?」とは聞くわけにも行かず、デスクへ戻る。

『ヘビ』こと『吉岡課長』とは、同期で方や出世コースかたや…語るまでもなくといった感じだ。


この世の中には、恐ろしい怪物が存在する…

それは、どんなに鋭い牙と顎、爪を持ち、一瞬で人を喰い殺す事の出来る獰猛な獣よりも遥かに恐ろしい…それは人間だ。

『理性』という皮を被った『怪物』だ。

私は今でこそ、真面目に働き、彼氏もいる。

若かりし過去には、私に無関心な両親を困らせるために欲しくもないものを万引きして何度もつかまってみたり。

自分に自信がないが故に不特定多数の男に抱かれる事で存在意義を確認してみたり。

遊ぶ金欲しさに、年金暮らしの祖母の家に行き、猫を被りまんまと金を巻き上げた。

遊び呆け、興味本位、または嫌なこと全てを忘れてしまいたくなり、薬物にまで手を伸ばしていた。

そんな風に欲望に任せ、快楽に溺れた時期があった。

貞操などと言う言葉など存在しなかった。

当時、付き合っていた『彼』の家に居座っては薬をやり、セックスを楽しみ、怠惰な生活を送っていた。

最初は、『彼』の家に行っても両親や兄弟達にも、目一杯愛想を振り撒いて、『彼』、同様、家族を騙していた。

欲望を満たし、嫌なことは忘れ、全てが上手くいっていた。

その瞬間が訪れるまで…それは突然、目の前で起こった。

何かが爆発したのではないかと言うくらいの大きな音を立て、部屋の扉が弾けた。

次の瞬間、言葉なのかなんなのかすら、判別出来ない音を隣にいる『彼』の口から発せられた。

弾けた扉の先には、黒服を纏った男が『はぁ…はぁ…』と肩で息をし、何かを抑え込んでいるようだった。

それは、怒りだったのか、憎悪だったのか、失望だったのかは分からないが、今から思えば、それらの他にも愛情、信頼など、全ての感情が複雑に絡み合って、不安定な状態を抑え込んでいたのではなかったのではないかと思う。

『彼』は怒り狂いその黒服の男に飛び掛って首筋を締め上げた…恐らくは、殺してしまおうと考えたに違いない。

しかし、次の瞬間、黒服の男の顔は窒息からなのか、怒りからなのか、真っ赤に燃え上がり、ぎょろりと見開いた目は血走っっている。

そして、正しい表現か分からないが黒服の男が爆発した。

食い込む指を腕を『ガシッ』と両手で掴むといとも簡単に引き剥がし、表現出来ない声で慟哭を上げた。

あまりの恐怖に体の芯にまでビリビリと響き、内臓を握り潰される感覚に襲われた…

私は、腰が抜けその場にへたり込んだ。気が付くと失禁していた。

あの黒服の男の表情、顔が音が声が…今でも脳裏に焼き付いて離れない。
その後の事は記憶がない。

ただ、微かにしかし大きな狂ったような笑い声と『ダッダッダッ…』『何やってるの…』『止めるじゃね…』『もう止めなさ…』『ぎゃはははは…ぶっ殺して…んだ…』『ゴキン…メキ…ミシ…グシャり…』『お願い。基、やめ………』

そんな声や音の後に、母親と黒服の男のものであろう、すすり泣く声が耳に残っている。

気が付い時には、血だらけの部屋と体、全身を覆う限りない痛み…口の中一杯に錆びた鉄の味がする。

そして完全に意識が途切れた…


約束していた時間から三時間以上が過ぎたが、彼女は一向に現れなかった。

時間潰しのたばこも半分近くがなくなり、連絡もないことに対する『苛立ち』も覚えた。

それより「ここまで待った事について一言」とマイクを向けられインタビューされたら、間違いなく、どこかのオリンピック選手ではないが、目に涙を浮かべ「自分で自分を誉めてあげたいです」と応えるだろう。

しかし、それ以上に何かあったのではと『心配』になっていた。

「虎穴にいらずんば虎児を得ずだ」と言うことでタクシーを捕まえる。終電前ということもあり、比較的早く捕まった。

春先とはいえ、夜も更けると肌寒い。

身を震わせながら、そそくさとタクシーに乗り込む。

「お客さんどちらまで?」

彼女のアパートの住所を運転手に告げると、運転手は「カチッ、カチッ」とウィンカーを示し、滑らかにハンドルを切り、黒く延びた線の上をヘッドライトが照らしながら、スイスイと走り抜けていく。

「こんな時間にお帰りですか?」

「いや、ちょっと色々ありまして…」

毎度ながら、このタクシーの運転手との予定調和的な会話が煩わしい…

「金を払うんだから一々詮索するな!」と言いたくたくなるが、「グッ」と飲み込む、何故なら、俺は『社会人』だからね

相手にも都合があるし、只、無言で密室に二人きりと言うのも少し気まずい(笑)

タクシー会社には、『想定問答集』みたいなものがあるんじゃないかと、思うくらい、同じ事を聞かれるもんだ

夏場なら「いや~今日も暑かったですね~、こんな日は冷たいビールをキュッとやりたいですよね~」とか。

「勝手にしてくれ」と思うような事を話し掛けくる…まぁ責めるつもりは、全くない。

むしろ、気を使わせて申し訳ないくらいだ。

取り留めも他愛もない話をしているうちに、彼女のウチの近くまで着いていた。

「あっ、じゃあ其処の角のコンビニの所で」

「はい、分かりました。料金は…」

「はいはい」とやりとりし、支払いを済ませ、タクシーから降りると、やはり肌寒かった。

意外と高くついた…

予定していたデート資金換算で4分の1くらいだ。
などとケチくさい事を考えてしまった。

仕方がない俺は会社に入って飼い慣らされて資本主義のブタになり下がったのだから「ブーブー」泣きたくもなる(笑)

彼女の家に向かう前に、少し勿体無いが半分くらい残った、たばこをコンビニで捨てた。

『好青年』から頂いた、ライターは少し気が引けたので、スーツの内ポケットに忍ばせた。

コンビニで買ったミント味のガムを噛みながら彼女のアパートに歩いて向かった。

アパートの前に着くと電気は付いていないようだ。

「まだ帰ってないのか?はたまた、入れ違いになったのか」と不安になった。

階段を登り、インターホンを鳴らす。

当然、反応はない。

ケータイをかけ、耳を澄ませると部屋の中から、微かだが、バイブ音が聞こえる!

考えられる可能性は2つ、怒っているかケータイを忘れて出掛けたのかと思った。

前者な感じがしたので声を掛てける。

「遅れてごめんよ~」

「……」反応はない。

仕方がない、俺は恋人だし、合い鍵もある。

強行突破だということで、鍵を開けて中に入る。
中は真っ暗だが、玄関には靴が脱ぎ捨てられて、バックも落ちている。

「お~い…勇二だけどいるかぁ?」

次の瞬間、「ツン」と鼻を突く酸っぱい臭いに気付き思わず「ウッ」となる。

「何かがおかしい…」この時になって、やっと気付いた。


新しい土地で、一人暮らしを半ば強制的に始めさせられ、両親にあてがわれ職にもついた。

両親や親戚達は、充分過ぎるほどの役割を果たしてくれた。

それが今の『俺』『僕』『彼』を作り上げた。

全ては両親や親戚が原因だ。

甘い甘い蜜に脳味噌が浸かり、堕落させる原因を作ったのは彼らだ。

『後悔先に立たず』とはさも教訓のように聞こえるがあれは、詭弁だ…

想像力の足りない人間の言い訳に過ぎない。

かのジョン・レノンも言っているだろう?

『想像してごらん』と『俺』らは、なんの思想もなく、想像力を働かせているが『後悔』はする。

まぁ、もっともそれを世間でいうところの『禁断症状』と『痛み』というものだが。

しかしながら、あの快楽を『想像』するとそれには抗えないのだ。

だから『俺』も『彼』も全く反省などしていない。

幼い『僕』だけが、孤独に蝕まれ、疲弊していく。

むしろ、それは好都合であった。

今では、あてがわれた仕事場は馴染めずに上司を殴り、晴れてクビとなり、ゴミで埋もれた城の中で悠々自適に暮らしている。

俺の場合は欲望だが、チェ・ゲバラのように自由と理想のために小さな革命を起こしたのだ。

『僕』はそんな暮らしを良しとはしたくないようだが、先述の通り疲弊し諦め、すでに発言権を失っている。

そのため、もう面倒な『彼』という存在は必要なくなって、かつてのように『俺』と『僕』だけになっていった。

働かなくとも家賃は、両親が支払っている。

保証人制度とはなんと便利なものか(笑)

はじめの内は、食費や薬物はサラ金から金を借りて賄っていたが、ついにはブラックリストというやつに載せられ資金繰りに困るようになった。

そのため、週に一度くらいのペースで実家に戻り、親父や基がいない時を狙って行き、ひと暴れして金を巻き上げる。

母親に対して『暴』を以てして脅しかけて黙らせるのは簡単であった。

厳密に言えば、きっと本当の意味での『後悔』はしていない。
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