青い星〜Blue Star〜
壬生浪士組総出の大掃除が始まった。
「洗濯する者、屯所内を掃除する者で半々に分かれて!」
てきぱきと指示を飛ばす奏に総司はこそこそと土方に耳打ちする。
「まるで遣り手婆(遊廓で遊女の監督をし、万事を切り回す女性のこと)のようですね。」
「あぁ……」
鬼と呼ばれた土方歳三と沖田総司でさえ今の奏に逆らえず働きアリのようにせっせと働く。
「おい!聞こえてるぞ!」
距離があるにも関わらず皮肉が聞こえていたことに総司は驚く。
「遣り手婆な上に地獄耳か。」
「よし、総司。次の食卓には気をつけろ。味噌汁に砂糖入れられても文句は言えないぞ。」
「昨日、一緒に食事を作ろうと約束したばかりじゃないか。どうやって俺の膳に仕込むんだい?」
総司の方が一枚上手だった。
勝ち誇った表情をする総司に奏は地団駄を踏んだ。
全員で協力した甲斐あって総司は午前中で終わった。
一息ついて皆隊士部屋に集合し談笑している。
見違えるように綺麗になった隊士部屋に奏は満足げに微笑んだ。
庭には大量の洗濯物が青空の下に晒され何日振りにお日様の恵みを受けているのかと考えると同情の涙が溢れそうだ。
余談だが一つ現代人として感動したことがある。
突然だが皆さんはこの時代洗剤の代わりに何が使われていたかご存知だろうか?
私は知らなくて洗濯はこの時代はせいぜい水洗いと思っていたのだ。
ところが、隊士たちは何を思ったか勝手場に向かい、米の磨ぎ汁を持ってきた。
恐らく本日の朝飯を作ったときのものだろう。
平成では米の磨ぎ汁は水質汚濁の原因である。
植物に良いと聞き私はなるべく植物の水やりに回し捨てないようにしていたが、その米の磨ぎ汁と洗濯に一体どんな関係があるのか?
大量の洗濯物と米の磨ぎ汁を交互に見比べていたら隊士たちはあろうことか洗濯物をそれに浸した。
これには驚いた。
もっと驚いたことには、それで汚れが落ちているのだ。
その上、平成の洗剤と負けず劣らずの素晴らしい洗浄力である。
そんな奏の様子に気づいた総司が話しかけてきた。
「おい、言い出しっぺがさぼるな。ぼーっとして、どうしたんだ?」
「洗濯には米の磨ぎ汁を使うのか?」
「当たり前だ。洗濯といえば米糠か米の磨ぎ汁だろう。」
「恐るべし、リサイクル江戸人………」
よくよく見ると、それは乳化であった。(判らない方は高校化学の教科書、有機化合物の章の石鹸についての説明を参照に!)
成程。
それ故に平成では米の磨ぎ汁について散々騒がれていた訳か。
奏は「おめぇの時代は米の磨ぎ汁使わねぇのか?」と訊ねる総司を無視して一人納得した。
「はーー、疲れた。」
ごろんと原田は大の字に寝転がった。
「どうだ?綺麗な方が気持ちいいだろう。」
「そうだなぁ。慣れっていうもんは恐ろしいな。これが本来の隊士部屋だもんな。」
「ようやく判ってくれたか。」
出来れば私が来る前からそう思っていて欲しかったとは口が裂けても言えない。
衛生という概念がなかった時代に部屋が清潔な方がいいと思ってくれただけでも十分だ。
「奏、それより昼餉作ってくれ。腹が減ってかなわん。」
「何を言う。あと一仕事残っているぞ。」
奏の一言に空気が凍った。
どうやら労働後の飯にありつけることを期待していたのは原田だけではなかったようだ。
「今から大衆風呂に行く。」
『飯は!!』
男たちの声が見事にハモる。
「隊士部屋が綺麗になった今、一番汚いのはアンタたち自身だ。そんな奴等に出す飯はない!!」
その日、壬生浪士組が列をなして大衆風呂に向かうというシュールな光景は後々までの語り草となった。