深夜2時のふたり
「好きとかよくわかんないんだよ」、と男が言った。
私はたった2回、時間にしてみれば合計5時間ほどしか一緒にいたことのないその男の部屋のベットの上でうとうととしているところだった。
そんなことを20代後半にもなる男が言うとは思っていなくて、ぎょっとして少し目が覚める。
なんだかよく聞くチープな言葉だ。色々な人の口から出てくるのを聞いたし、いつか私自身も言っていた気がする。
私は転がっていた身体を右腕を使って半分だけ起こして、さっきまで自分が掻き混ぜていたせいでぐしゃぐしゃになった短い黒髪を見つめた。
仕事も出来てお金もあって顔も良くて友達も女も周りに沢山いるんだからいいじゃない。こうやってある程度のレベルの女とだって気軽に遊べるんだし。
そう思ったけどそう言うのは相応しくない気がして、変わりに「考えすぎなんじゃないかな」、と私は言った。
それはなんて言うか多分、頭で考えすぎなんじゃないかな。
男はうん、と気のない返事を一つした。どうでも良さそうな顔をしていた。
まぁ要するに多分この男も別に好きというものがどんなものかなんて真剣に考えているわけではなくて、恐らく私への牽制のためにそう言ったのだ。
セックスをしても、彼女にするわけじゃないという意思表示。私も良く使う手だった。
また布団に沈めなおした頭を持ち上げられて薄い枕を下にひかれて、あぁ、やっぱりここで二人とも寝るんだなとがっかりする。セックスはしたかったけれど一緒に寝るのは億劫だった。
もうすっきりして満足だし、実のところこんな所からはもうさっさと逃げ出してしまいたかった。
でもそれはきっとこの男も同じなのだった。
一人用の小さなベットに愛し合ってもいない男女が転がるのは、セックスの時だけで十分だ。
目覚ましかけた?
うん
明日何時起き?
7時。起きなくていいよー、駅わかるから
いやいや、起きる起きる。送るよ
ありがとう、優しいね
俺はもともと優しいけどあきちゃんには更に特別に優しいんだよ
あはは、やだー、ときめいちゃうな
私の頭の中は空っぽだった。
頭上の窓にとても薄いグレーのカーテンが架かっていて、夜のかすかな明かりが真っ暗な部屋にぼんやりと漏れていた。
身体を預けているベッドからは知らない柔軟材の匂いがしていた。
明日のことを考える。疲れていた。退屈なわりに眠る時間は少なくて、私達はどちらも疲れていた。それは大人だったら当たり前のことだった。
私達は体力と時間を削って性欲を満たす努力をしているのだった。
額に唇が落ちてきてそれに対してうふふとわざと声を出して笑うと「かわいいなぁ」と言われた。
ほめられるのは嘘だろうと本当だろうと気持ちがいいし、せっかく時間と体力を使っているのだから甘い言葉とその場限りの愛情を注ぎ合うべきだった。
私はとても眠たかったけれどそう思い直して男の瞼にキスをして愛してるよと言った。
愛してる愛してる愛してる。
鈍り行く精神に刺激を。退屈な毎日に愛情を。疲れた身体に温もりを。
誰と何度こうしたって大して満たされはしないのだけれど、そんなことはお互い、皆、承知の上だ。
当たり前で当然で今更。
それでも他にどうしようもないので私達は繰り返す。
あぁ
きっとこの男は本当の恋愛とこういった一夜限りの恋愛ごっことを全く別のものと考えているんだろうな。
だけど私はそれは勘違いだと思う。大して変わらないと思うよ。
かわいそうだった。
どの女のことも本気で好きになれないとかそんなこと牽制のつもりで言って、でも多分本当にどこかであるはずないものをずっとずっと純粋に欲しがっているこの男も、もう手にしているとわかっているのにこうして似たようなものをもっともっとと手にしたがる私もかわいそうだった。
私がこの男をかわいそうだと思うようにこの男も恐らく私をかわいそうだと思っていて、それはもう掛け算式でかわいそうだった。
目を閉じる。
握られた手は温かかった。生きていた。男の手は温かくて確かに生きていた。私と同じように私の人生とは全く関係のない一つの人生を生きていた。
初めまして、さようなら。私は心の中で唱える。退屈であわただしい道のりの中、今日ここですれ違うこの一つの人生に。
初めまして
さよなら
すーすーと寝息が聞こえてきて、目を開けて見ると男はいつのまにか眠りについていた。エアコンのスイッチを切ると部屋が静寂に包まれる。ずり落ちた布団を足元からそっとひっぱり上げて起こさないよう静かに隣の男にかけた。眠っている男の顔には濃い隈が出来ていた。
明日のことを考える。疲れていた。退屈なわりに眠る時間は少なくて、私達はどちらも疲れていた。それは大人だったら当たり前のことだった。
end
私はたった2回、時間にしてみれば合計5時間ほどしか一緒にいたことのないその男の部屋のベットの上でうとうととしているところだった。
そんなことを20代後半にもなる男が言うとは思っていなくて、ぎょっとして少し目が覚める。
なんだかよく聞くチープな言葉だ。色々な人の口から出てくるのを聞いたし、いつか私自身も言っていた気がする。
私は転がっていた身体を右腕を使って半分だけ起こして、さっきまで自分が掻き混ぜていたせいでぐしゃぐしゃになった短い黒髪を見つめた。
仕事も出来てお金もあって顔も良くて友達も女も周りに沢山いるんだからいいじゃない。こうやってある程度のレベルの女とだって気軽に遊べるんだし。
そう思ったけどそう言うのは相応しくない気がして、変わりに「考えすぎなんじゃないかな」、と私は言った。
それはなんて言うか多分、頭で考えすぎなんじゃないかな。
男はうん、と気のない返事を一つした。どうでも良さそうな顔をしていた。
まぁ要するに多分この男も別に好きというものがどんなものかなんて真剣に考えているわけではなくて、恐らく私への牽制のためにそう言ったのだ。
セックスをしても、彼女にするわけじゃないという意思表示。私も良く使う手だった。
また布団に沈めなおした頭を持ち上げられて薄い枕を下にひかれて、あぁ、やっぱりここで二人とも寝るんだなとがっかりする。セックスはしたかったけれど一緒に寝るのは億劫だった。
もうすっきりして満足だし、実のところこんな所からはもうさっさと逃げ出してしまいたかった。
でもそれはきっとこの男も同じなのだった。
一人用の小さなベットに愛し合ってもいない男女が転がるのは、セックスの時だけで十分だ。
目覚ましかけた?
うん
明日何時起き?
7時。起きなくていいよー、駅わかるから
いやいや、起きる起きる。送るよ
ありがとう、優しいね
俺はもともと優しいけどあきちゃんには更に特別に優しいんだよ
あはは、やだー、ときめいちゃうな
私の頭の中は空っぽだった。
頭上の窓にとても薄いグレーのカーテンが架かっていて、夜のかすかな明かりが真っ暗な部屋にぼんやりと漏れていた。
身体を預けているベッドからは知らない柔軟材の匂いがしていた。
明日のことを考える。疲れていた。退屈なわりに眠る時間は少なくて、私達はどちらも疲れていた。それは大人だったら当たり前のことだった。
私達は体力と時間を削って性欲を満たす努力をしているのだった。
額に唇が落ちてきてそれに対してうふふとわざと声を出して笑うと「かわいいなぁ」と言われた。
ほめられるのは嘘だろうと本当だろうと気持ちがいいし、せっかく時間と体力を使っているのだから甘い言葉とその場限りの愛情を注ぎ合うべきだった。
私はとても眠たかったけれどそう思い直して男の瞼にキスをして愛してるよと言った。
愛してる愛してる愛してる。
鈍り行く精神に刺激を。退屈な毎日に愛情を。疲れた身体に温もりを。
誰と何度こうしたって大して満たされはしないのだけれど、そんなことはお互い、皆、承知の上だ。
当たり前で当然で今更。
それでも他にどうしようもないので私達は繰り返す。
あぁ
きっとこの男は本当の恋愛とこういった一夜限りの恋愛ごっことを全く別のものと考えているんだろうな。
だけど私はそれは勘違いだと思う。大して変わらないと思うよ。
かわいそうだった。
どの女のことも本気で好きになれないとかそんなこと牽制のつもりで言って、でも多分本当にどこかであるはずないものをずっとずっと純粋に欲しがっているこの男も、もう手にしているとわかっているのにこうして似たようなものをもっともっとと手にしたがる私もかわいそうだった。
私がこの男をかわいそうだと思うようにこの男も恐らく私をかわいそうだと思っていて、それはもう掛け算式でかわいそうだった。
目を閉じる。
握られた手は温かかった。生きていた。男の手は温かくて確かに生きていた。私と同じように私の人生とは全く関係のない一つの人生を生きていた。
初めまして、さようなら。私は心の中で唱える。退屈であわただしい道のりの中、今日ここですれ違うこの一つの人生に。
初めまして
さよなら
すーすーと寝息が聞こえてきて、目を開けて見ると男はいつのまにか眠りについていた。エアコンのスイッチを切ると部屋が静寂に包まれる。ずり落ちた布団を足元からそっとひっぱり上げて起こさないよう静かに隣の男にかけた。眠っている男の顔には濃い隈が出来ていた。
明日のことを考える。疲れていた。退屈なわりに眠る時間は少なくて、私達はどちらも疲れていた。それは大人だったら当たり前のことだった。
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