結婚白書Ⅳ 【風のプリズム】
思い出の地
合宿中の中日 僕は仲間と別行動を取っていた
久しぶりに見る風景は コンビニの数が増え 新しい道ができたほかは
たいして変わってはいないようだ
母親の離婚のゴタゴタを避けたいこともあり 誘われるまま朋代さんの
実家があるこの地に初めて来たのは5年前
親のことなど まるで感心がないように振る舞い 義理の従兄弟達と
遊びまわった2週間だった
ここには楽しい思い出が多い 海釣りの楽しさを教えてもらったのも
その時だった
和音おばさんの友達の工藤さんが釣り船を持っていて 僕らを海に
連れて行ってくれた
それぞれが竿を持ち 少し大人になった気分がして 釣れないながらも
楽しくて 海の風景は潮の匂いと一緒に思い出される
バスから見える海岸線が見覚えのある道になり 気持ちは一気に5年前に
遡っていた
「賢吾 こっちだ」
バスターミナルにつき 目指す相手を探していると遠くの方から声がした
背中から呼びかけられた声に振り向くと 懐かしい顔が片手を挙げて僕を
待っていた
慣れない土地で声をかけられたのが嬉しくて僕も思わず手を上げて
声の方へと駆け出した
「よぉ おまえ どこまででっかくなるんだぁ?
お父さんを越したんじゃないか?」
「こんにちは そうですね僕のほうが高いんじゃないかな 大輝 久しぶり」
ハイタッチした大輝の手は 高志おじさんの肩よりはるかに上で 僕ら二人は
いつ間にか親の背を越していた
懐かしい道を車で走りながら おじさんが皆の近況を話しだすと 幼い頃の
顔がすぐに浮かんできた
まだ小学生だった大輝と光輝 それに工藤さんのところの鈴と卓は
それぞれ中学・高校生になり 一番小さかった勇輝も 葉月と同じ5年生に
なっていた
みんな大きくなったぞと楽しげに話をしてくれるのだが 肝心なことには
なかなか触れてくれない
思った以上に桐原の祖父の容態は悪いのかと 僕はそんなふうに受け取った
「いつ帰ってきたんですか? 親父達は来週帰省するって言ってたけど」
「一昨日帰ってきたんだ 今年は長めに休みを取ったからゆっくりできるよ」
「大輝に会えるとは思わなかった 鈴ちゃんには会ったのか?」
「賢兄 なんでそこで鈴がでてくるんだよ」
「おまえ 鈴ちゃんが好きだったんだよなぁって 思い出したからさ」
後部座席で 二人の間に無言の鉄拳が飛ぶ
敵うはずもない僕に 当時の大輝はよく突っかかってきた けれど
一番慕ってくれたのも大輝だった
あの頃と同じような感覚が 僕らの間にまだ残っている
もうすぐ着くからやめろよと 高志おじさんの呆れた声がして
それ見ろと大輝の頭を小突くと 負けじと僕の足に蹴りを入れて
そこで小競り合いは終わりになった