結婚白書Ⅳ 【風のプリズム】
秋になり 僕らはそれぞれ忙しいときを過ごしていた
少しずつ就職活動も具体化しているようで みな顔つきが真剣になっている
僕もさすがに のんびりとしてはいられなくなり それまで漠然と考えていたが
夏の経験でやはり好きな道に進もうと決めた
早くから目標を定めていた実咲は 実習に追われながら自分の道を着実に
進んでいるようだ
夏の合宿後 言おうか言うまいかずい分悩んだが 実咲には話しておくべきだと
思い 僕の家庭の事情を告げたのは 実咲の実習が一段落した頃だった
聞いて欲しいことがあると切り出すと うん……と言ったっきり
僕の話が終わるまでじっと聞いてくれた
話が5年前の母親の離婚のことになると そうだったの と短い言葉を発し
何度か頷いただけで 特に大きく反応することもなく その代り
話してくれてありがとうと礼を言われた
実咲のキスがいつもより優しく感じる夜だった
二人の間では受身である方が多いのに その日は僕の肌に積極的に
触れてきた
「賢吾って自分のこと見せるの苦手だよね その理由がわかったかも……
いろんなことを押し込めちゃうんだよね
私には隠さなくていいのに もっと見せてよ……」
泣きたくなるようなことを背中で言いながら 僕の肩に何度も唇をおいていく
そのたびに 実咲の髪が顔にかかり 大好きな香りに包まれた
僕を充分に満たした後 首に回した手に ぎゅっと力強く抱きしめられ
彼女の細い腕に抱かれながら 僕はゆっくりと眠りに入っていった
朝目が覚めて 隣りで見る顔を この先も変わらず見続けることができるのだと
このときは信じて疑わなかった
このまま付き合って 卒業しても変わらぬ関係で いつか一緒に暮らすことに
なるのだろうなと なんとなく思っていたのに 実咲の様子がおかしいと
気がついたのは年明け
彼女が希望する就職先を変更したと間接的に聞いたとき
教えてくれた菅野は 当然僕も知っていると思っていたようで
僕が知らないと言うと まずいことを言ったかなと言葉を濁し足早に立ち去った
会いたいと実咲にメールしてみたが バイトのあとなら……
と素っ気無い返信がきて
僕は言い知れぬ不安の中に追い込まれていった
実家には帰らない こっちでやりたいことがあるんだと常々言っていたのに
急にどうして進路を変えたのだろう
それも 僕に何の相談もなく……
考えられるのは ただひとつ もう僕から気持ちが離れているということ
そうでなければ合点がいかないことばかりだった