結婚白書Ⅳ 【風のプリズム】
今日は昨夜にも増して人が多く 葬祭場に入りきらない弔問客が出るほどだった
僧侶の読み上げる経を聞きながら 思い出す祖父の顔は どれも優しかった
故人の経歴や業績が読み上げられ 公人としての役職のほか 地域の役なども
引き受けていたとのことで 桐原さんだから務まったのだとの声があちこちで
囁かれ あらためて祖父の人徳の深さを知った
高志おじさん 朋代さん ともに県外にいるとなると 誰が今後の祖母を
見ていくのだろうと 僕なりに心配していたが 高志おじさんの一家が
Uターンするつもりだと聞き 胸をなでおろした
昨年の夏 長めの休みをとったのは 地元での再就職先を探していたとかで
打診した企業から色よい返事をもらったと話してくれた
この春高校2年になる大輝は すでにこちらの高校の編入試験に合格していると
いうことだった
鈴と同じ高校だし 落ちるわけないよ アイツには負けられない なんて
口では偉そうなことを言っていたが
猛勉強したのよと 和音おばさんが おかしそうにこっそり教えてくれた
出棺前 親族の方は最後の別れをと 重苦しい声のアナウンスが流れ
僕も葉月と一緒に進み出た
祖母の気丈な姿に感心したが 時間がたつと寂しさがやってくるのだろうと
一昨年の遠野の祖父との別れを思い出した
人間には寿命があるのよと 笑みさえ浮かべ祖父を見送った祖母だったが
四十九日を過ぎ納骨すると 急に寂しさを訴えるようになったと叔母達が
話していた
朋代さんのすすり泣く声が聞こえてきた
その声は次第に大きくなり お棺にすがって泣いている
葉月は 母親のそんな姿に影響されたのか 手が小刻みに震え しゃくりあげる
ように泣き出した
震える手を握ってやると もたれかかるように体を寄せ泣き顔を隠してしまった
僕はと言うと 確かに悲しいのだが涙が出ることはなく 別れを悲しむ人々を
冷静な目で見ていた
きっと父もそうなのだろうと思っていたのだが 僕はそこで信じられない
光景を目にすることになった
右手の拳を握り締め 左手は嗚咽をもらさんと口元を押さえ 必死に耐える
姿がそこにあった
だが どれほど耐えても零れ落ちる涙は止め処もなく それは礼服を濡らす
ほどで 父の涙する姿を初めて見たのだった
遠野の祖父の葬儀でも見ることのなかった姿に 僕は衝撃を覚えた
なぜそこまで父は悲しむのだろう 何が父に涙させるのか
立っているのもやっとという様子だったが 悲しみが深く
ようやく立ち上がった朋代さんを支えながら その場をあとにした