結婚白書Ⅳ 【風のプリズム】
やはり南国は春が早いようだ
まだ3月末だというのに 今にも咲きそうな桜の花は蕾がたわわで
薄いピンクで彩られていた
抜けるような青空が広がり 祖父の煙となった姿を見送る頃は 上着を脱ぎたい
ほどの陽気になっていた
お通夜もお葬式も 来てくださった方には寒くもなく暑くもなく
お父さんはいい時期を選んだのねと祖母の声がした
今夜の電車で帰ろうかと思っていたが もう一泊して行きなさいとの
祖母の勧めに 僕は帰るのを一日延ばした
夕食後 祖父が使っていた書斎に呼ばれ 祖母から少し早いけれど
形見分けだからと一台のカメラを渡された
「夏にもカメラをもらったんだ これは他の誰かにわけたら」
「いいの おじいさんから頼まれてたの これは賢ちゃんに渡してくれって」
「だけど……僕だけ……」
「おじいさん あなたのことが気がかりだと いつも言ってたのよ
お父さんと別れたのは 小学校に入ったばかりの頃だったでしょう
いくら親の都合でも 子どもに罪はないのにって……
でもね だから賢ちゃんが可哀想だから 可愛がったんじゃないのよ
賢吾はいい子だって あなたのこと いつも褒めてたの
カメラは必ず賢吾に渡してくれって
賢吾なら大事にしてくれるからって……」
「うん……わかった もらうよ……ありがとう」
僕は祖父の書斎が大好きだった
古い物 多くの本 使い込まれた机と椅子
この家に来ると こっそり呼ばれ 賢吾だけに教えるからなと 祖父が内緒話を
してくれたものこの書斎だった
倒れる前まで使っていただろう椅子に座り 今しがた譲り受けたカメラを眺めた
夏にもらった物ほど年代物ではないが それなりに年季の入ったカメラで
祖父が大事に使ってきた物らしかった
まだ充分に使えそうだ 帰ったら写真部の友人に相談してみようと思った
写真部の彼とは小学校からの腐れ縁で 小中高と同じ系列の学校だったから
否応なく同じ学校だったが 大学まで進学先が同じだと聞いたときは
互いに大げさでなく驚いたものだ
そんな関係で僕を知り尽くしており 親の離婚再婚はもちろん 付き合った
女の子の数まで知られている
まったく長い付き合いだと そんなことを考えていて ふと さきほどの
祖母の言葉を思い出した