結婚白書Ⅳ 【風のプリズム】


お父さんと別れたのは 小学校に入ったばかりだったと 確かに祖母は口にした

どうしてそんなに詳しく知っているのだろうか

朋代さんから聞いて知ったとは充分に考えられるが 僕を小さい頃から

気に掛けていたとも言っていた

僕の中で 何かが引っかかった


幼稚園の年長の頃には すでに父は家におらず お仕事でお家にいないのよと 

母も祖父母もいつもそう言っていた

昨日今日と父に挨拶をする人の話しから あの頃 父はこちらに赴任していた

ことになる


小学校に入り 父が家に帰ってくることが減り その後 

……もう お父さんはおうちに帰ってこないの……

母にそう告げられたのは もうすぐ2年生になるころだった

2年生になったら お母さんとおじいちゃんおばあちゃんと 4人で暮らそうね

と言われたのを覚えているから間違いない


父が再婚したのはいつだったのだろう 聞いたことはないが 葉月が生まれる

一年ほど前だろうか

葉月が生まれたのは僕が4年生の夏だから 朋代さんと再婚したのは僕が

3年生の頃かもしれない


僕は自分の歳と照らし合わせ 両親の離婚と再婚を 頭の中に再現していった

こんなこと今まで気にも留めなかったのに 考え出すと あれこれと思い出して

くるものだ


父が再婚したのが3年生の頃なら 朋代さんとはいつ知り合ったのだろうか

同じ職場で働いていたと聞いたことがあったから そうなると単身赴任で 

こちらにいるときに知り合ったことになる

そこまで考えて 僕は考えたくないことにぶち当たった

父が単身赴任していた頃 まだ両親は離婚していなかった


”お父さんと別れたのは小学校に入ったばかりだったでしょう 

いくら親の都合でも 子どもに罪はないのに 子どもに罪はないのにって……”


祖母の言葉が鮮明に蘇る

父は母と離婚する前に朋代さんと……まさか……


僕は 通夜や葬儀の様子を必死に思い出していた

父が世話になったという牧野さんの僕への眼差しは かなり前から僕を

知っているようで 仲村のおじさんが 隣県からわざわざ葬式へ駆けつけたのは

祖父ともそれほどの関係があったということか

何より父の葬儀の際の悲しみは驚くばかりだった

祖母の言葉もそうだが 祖父が僕を気に掛けていたと誰もが口にした


そういえば バイクの事故のあと 朋代さんが口にした一言は 

捉えようによっては 葉月を産んだことを後悔していたとも取れる

どれもが僕の疑念を駆り立て 考えたくない方へと思考は流れていくばかり

だった



ノックの音がして 和音おばさんの声がした



「賢吾くん こんなところにいたの 明日は何時の新幹線で帰るの? 

高志おじさんが駅まで送っていくそうよ」


「あっ うん……まだ決めてない」


「そう 居間にいらっしゃい デザートがあるわ」


「おばさん 聞きたいことがあるんだけど」


「なぁに?」



今 ここに来たのが父や朋代さんや高志おじさんだったら こんなこと

言い出さなかったと思う



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