結婚白書Ⅳ 【風のプリズム】
僕の心は もう止められないところまできていた
「バイク事故のあと 退院祝いをしてもらったんだ そのとき……」
「そのとき どうしたの?」
「僕の意識が戻らなくて 葉月の声がずっと聞こえてたから
助かったのかもって話をしたら
この子を産んで良かったって……泣きながら 朋代さんがそう言ったんだ
僕にはそれがとても重要なことに思えて……」
和音おばさんの顔色が明らかに変わった
この人は何か知っている
直感だったが聞いてみようと 更に問いかけた
「それと 親父と朋代さんが結婚したのはいつなの 僕は聞いたことがなくて」
「どうしてそんなことを聞くの?」
「朋代さんの言葉と親父達の結婚は
何か繋がりがあるんじゃないかと思って……」
その顔は知っていると言っているようだったが なかなか話し出そうとしない
躊躇っている……話そうか やめようか 目が落ち着かず部屋を彷徨っていて
和音おばさんの心の葛藤が手に取るように伝わってきた
ややあって 意を決した顔が向けられた
「これはあなたにとって 必ずしも歓迎される話ではないの
それでも聞きたいのなら話すけれど……それでもいい?」
僕は頷いた それでもいいかと聞かれても いえ困りますとは言い出せない
何かを含んでいた
「賢吾君も成人したのよね……疑問にも思うわね」
和音おばさんは ドアに鍵をかけると 部屋の隅にあった椅子を引寄せて
僕の前に座った
書斎には金庫があり 夜は寝室に行く前に鍵をかけるのだと聞いたことがある
誰かが ふいに入ってこないように 鍵を掛けてまで話す内容なのかと
僕はごくりとつばを飲み込んだ
その夜 僕は一睡もできずに朝を迎えた
おばさんが最後に告げた一言
「私が話せるのはここまで あとは あなたが自分で解決していくことね」
和音おばさんの言うことはもっともだった
事実を知り 判断するのは僕だ
父を恨むにしても 祖父へ哀れみはいらなかったと感情をぶつけても
誰も僕には文句は言えないはずだ
だけど そんなことをして 何になるだろう……
僕がこの状況の整理をつけるには時間が必要だった
早い時間なのに 僕を見送るために起きてきてくれた父たちに
愛想なく別れを告げ 眠そうな高志おじさんの運転で駅に向かい
始発の新幹線に乗り込んだ
朝の海は波もなく煌いて穏やかな姿を見せているのに 僕はぐちゃぐちゃに
なった意識の中でもがいていた
ひとつずつほどいていこう……
和音おばさんとのやり取りを思い出し 冷静に受け止めなくてはと
乗客の少ない車内で一人回想をはじめた