結婚白書Ⅳ 【風のプリズム】


きっと他にも何かを伝えたいのだろう 

事実だけを伝えようとしてくれているのは良くわかったが 

話の端々で父を擁護するような表現があり 仲村さんは当時も今も 

父たちの応援者であり 僕にも父を理解してほしいと思っているに違いない



「賢吾君の将来が お父さん達の一番の気がかりだった 

君が親の離婚で 何を思い 何を感じるのか

どう成長していくのか 今でも心の奥で気にしているだろう」


「僕はただ……状況を受け入れただけです 

大人には大人の都合があるのだろうと そう思っていました

そう思うようにしていました だから何を思ったかと聞かれても……」


「両親の離婚で その……自分が不幸だと思ったことはなかっただろうか」


「不幸だなんて そんなこと考えたこともありません 

こうして話を聞かせてもらっても それはかわりません」


「うん そうか……」



僕の答えに 仲村さんは深く頷き 目は潤んでいるようにも見えた

その様子に これが父たちが最も気にしてきたことだったのだと思った





いつの間に降りだしたのか 小雨の中 雫のしたたる街路樹の道を 

自問自答しながら ゆっくりと駅へと歩いた

仲村さんから 父と朋代さんの関係は やはり両親の離婚前からだったと

聞かされたのに 僕は静かな心持ちになっていた


葬式の日の夜 思いがけない事を聞いてから 冷静になれ 冷静に考えようと 

ずっと自分に言い聞かせていた 

けれど 父たちのことを考えるたびに 砂丘の砂を踏みしめるように 

ギシギシと心の底が鳴っていた


なぜ 父も朋代さんも思いを貫いたのか

この点が 僕にはどうしてもわからない部分だった

和音おばさんの言葉から何かを掴みたくて 何度もくり返し会話を思い出したが

僕一人の考えでは理解しがたいことだった 


釈然としない僕の心に 仲村さんの一言が残り語り掛ける 

”思う気持ちは止められないんじゃないかな 

誰かを慕うのに理由が存在するだろうか”


和音おばさんも同じようなことを言っていた

”人を好きになるのに理由なんてないわね ただ一途に思うだけ”


二人が言うように 誰かを好きになるのに理由などない

僕が実咲を好きになったように 父も朋代さんも 純粋に相手に惹かれた 

心を託す相手に出会った 

ただそれだけだったのではないか

思いが募れば そばにいて欲しいと思うだろう


そこに思いがたどり着いたとき 苦しい音を立てていた心は さらさらと

滑らかに流れる音に変わっていた 




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