結婚白書Ⅳ 【風のプリズム】
仲村さんから話を聞くうちに 父を父としてではなく 一人の男として見ていた
心が離れてしまった妻がいて そんなとき
心を通わせる女性に出会ったとしたら……
僕ならどうする
父と同じようにできるのだろうか
いや無理だろう 今の僕にはそれほどの精神力はない
父は自分を信じ 朋代さんを支え そして今の幸せを手に入れたのだ
穏やかな父の家庭が何より それを物語っている
では 残された母はどうだったのだろう
母にとっては思いがけない離婚だったはずだ
父と別れたあとの母は 今思えば仕事に没頭していた
忙しい時期だったとは言え 寂しさを紛らわす思いもあったかもしれない
その結果 母の仕事は順調で 忙しく休む暇もないほどになっている
母と話をしてみたかったが 今週は空いた時間がないらしく その機会は
なかなか持てなかった
東京にいる間 大学のOBが勤める勤務先を中心に訪問した
訪ねた先の先輩たちは 来年度の採用は厳しいと誰もが口にしたが
博物館など思わぬ欠員がでるので 諦めずに待つようにと これもまた
同じような答えが聞かれた
この春は雨ばかりで 傘を手放せない日が続いていた
今日は土砂降りで外出も億劫だったが 先輩との約束があったので出掛けた
このところ就職情報を集めようと動き回っていたため 母との時間は
まだ持てずにいたのだが 今日の訪問先が母の事務所近くだったこともあり
仕事場を覗いてみようかと思い立ち その足で母の事務所に向かった
ガラス越しに スタッフと打ち合わせ中の母親の姿が見えた
何人ものスタッフを抱え 料理教室の指導のほかに 料理本の出版や雑誌にも
関わっている
けれど 教えることが一番楽しいらしく 講習会や出張セミナーを積極的に
こなしているようだ
遠めに見てもその姿は生き生きとしており 仕事に打ち込んでいる様子が
伝わってきた
僕に気がついたようで 隣りの部屋で待っててくれと 大きく腕を振り
隣りを指し示した
ほどなく姿を見せた母は 突然の僕の訪問に驚いたようだが
少し待ってくれたら時間ができるからと言われ そのまま待つことにした