結婚白書Ⅳ 【風のプリズム】
4.光の章
幸せの手ごたえ
大学へ続く道は薄桃色で染まり 風が吹くと舞い散る花びらは
車の視界を遮るほどだった
膨らみかけた桜の蕾の下を歩き 煙となった人を見送ってひと月が過ぎていた
季節の移ろいに浸りながら もう一ヶ月過ぎたのかと思ったり
まだ一ヶ月なのかとも思ったりする
移ろいは僕の心にもあった
驚き 悩み 戸惑い 揺らぎ たどり着いたのは 何も変わらず平常でいること
そう決めたものの 父たちの前で これまでと変わりなく振舞えるのか
不安がないとは言えないが努力してみるつもりではいた
大学も始まり 僕は日常に戻っていた
これまでと変わらぬ学生生活
正確に言えば少しだけ変化があった 実咲と一緒に暮らし始めたのだ
「あのさぁ 一緒に住まないか……」
「それいい うん そうしようよ 私が賢吾の部屋にいくね」
僕の提案は あっけないほど簡単に実咲に受理された
すぐに荷物をまとめるね 引越しは手伝ってくれるんでしょう?
私の部屋は解約する だって部屋代がもったいないもん
親にはナイショ 聞かれたら友達と住んでるんだと言うつもり
だけど妹には言っておこうかな
嬉しいなぁ あのキッチンと道具を毎日使えるんだね
賢吾のお母さんが選んだ一品だもんね
それなりに意気込んで告げたことなのに いとも簡単に返事をすると
引越しのあれこれに夢中になっている
僕はなんて言おう どう切り出そうと散々悩んで ようやく同棲を口にしたのに
実咲の反応はまったくの予想外で 拍子抜けなんてもんじゃない
とにかく 実咲の ”うん それいい” の一言で僕らは一緒に暮らし始めた
これまでも互いの部屋に泊まることが多く 慣れていたといえばそうなのだが
同棲を始めて戸惑うことはこれっぽっちもなかった
朝は基本的に実咲がキッチンに立ち 夜は早く帰宅した方が食事の用意をした
掃除や洗濯は実咲のほうが得意だったが 僕も出来ることはやった
意外なことに 実咲はアイロンがけが苦手で おぼつかない様子に
つい手を出した
賢吾って器用よねと感心され 調子に乗った僕は 布の方向が重要なんだと
講釈を述べながらアイロンをかけていると さすがだわとおだてられ
その後アイロン担当を引き受けてしまった
上手く実咲に乗せられた感がないわけでもないが こんな具合で僕らは
結構生活を楽しんでいた