結婚白書Ⅳ 【風のプリズム】


父から電話をもらったのは 就職担当者の話を聞いた翌日だった

就職活動はどうなっている 思うところに行けそうか 

なんとも言えない 難しいね 

父と僕の この頃決まったように行われる会話のあと 一時は期待した

博物館の名前が父の口からでて その偶然に驚いた



『まだ公にはなっていない話らしいが 

来年度の予算が決まり次第 募集があるそうだ』


『お父さん 何でそんなこと知ってるの』


『仕事で関わった人がいてね その人は博物館の評議員をなさっている 

息子が大学院でそっちの方を勉強していると話しをしたんだ』


『それで 採用のことを聞いたのか』


『うん 本当なら口外するべきことではないのだろうが……』



新年度が始まってからの募集になるかもしれないが それでも良ければ

採用試験を受けてみてはどうかと父に勧めてくれたそうだ

ただ 内々に決まったことでもあり 公表するまでは他の学生には黙っていて

もらいたいとのことで そういうことだから おまえの胸にしまっておいて

くれと告げ 父は電話を切った


願ってもない情報だった 

時期外れの採用となれば 急な決断を迫られるところだが 心の準備があれば

それなりの備えが出来る 

好条件だ……


そう思いながら 僕は これで良いのだろうかとの思いも抱えていた

父の仕事の関係で知り得たことだ 僕だけ先に知っていて それは縁故とまでは

言わないが特別扱いになるのではないか

僕は父からもたらされた情報だということに拘っていた

博物館側の人間と父親が面識があり そこには採用に際し 何らかの力が

働いてくるのではないか

僕の力じゃない何かが働くってことになる それってどうなんだろう……


そんなことを延々と考えてしまい 有利な情報を聞いたと素直に喜べずにいた




『そんなこと言ってたら この世の中やっていけないわよ 

賢吾って潔癖なところがあるもんね もっと大らかに考えたら?』


『でもなぁ なんだかなぁ……』


『なにが なんだかなぁよ 要はね合格しなくちゃ意味がないの』


『そうだけど』


『せっかくお父さんが下さった情報なのに 無駄にするの? 

使えるものは使うのよ コネでも親でもね』


『コネじゃないけど やっぱり引っかかるんだ』


『賢吾だけ特別扱いじゃないんでしょう なら誰にも遠慮はないじゃない』


『実咲さぁ 逞しくなったな』


『あたりまえでしょう そうじゃなきゃやってられないの 社会は厳しいのよ』



忙しくない限り毎日電話をくれる実咲に父との事を話すと こんな答えが

返ってきた

やっぱり僕の拘りすぎだろうか 

実咲の言うこともわかるが それでもまだスッキリしない胸の奥の靄(もや)は

晴れるどころか一層濃くなっていた




< 74 / 102 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop