結婚白書Ⅳ 【風のプリズム】


「浩二さんと続いてたの?」


「息子にそう言われると 母親としては答え難いわね……

仕事で会う機会が増えてきて 一緒にご飯を食べることが多くなって 

なんとなくね」


「そっかぁ……で 人生をまた複雑にするつもり?」


「まだわからない 今度は慎重にと思ってる」


「いいんじゃないの お母さんの人生だからさ」


「本当にそう思う?」


「うん 再々婚 いいじゃん 俺だってお袋が一人で歳をとるのも心配だしさ」



お袋だなんて生意気ね と肘で僕をつついてきたが 嬉しそうな顔をしていた



「だからってわけじゃないけど 賢吾も好きにして良いのよ 就職も決まったし

実咲ちゃんと結婚したっていいのよ」


「またその話? 話が飛躍しすぎ 就職したばかりじゃ収入も少ないのに 

結婚なんかしたら大変だよ」


「あら そうなの ふぅん しっかりしてるじゃない 

そんなところはお父さん似ね 

あの人 アナタの養育費を欠かしたことなかったもの」



ワインで酔った母の口は いつもより軽やかに動き 二年前と同じ台詞を 

また口にした


親の仕事はここまでよ 卒業したら自分の力でやってちょうだいね 

家には戻らなくていいのよ 賢吾もその方が気軽でしょう

自活して自分の生活をしていきなさい

いつかは自分の家庭を持つんだから いいわね


酔った口から 普段言わないことまでこぼれ出て 母親の本心が見えるよう

だった

いつかは自分の家庭を持つんだからと 母はさりげなく口にしたが 

それは自分のように失敗しないためにもね というニュアンスを含み 

自分は反面教師なんだからと言っているようにも聞こえて 

胸の奥が切なくなった


お父さんにもちゃんと礼を言いなさいねと 母らしからぬ助言に もう言ったよ

と返事をすると ひどく嬉しそうな顔をし 僕の腕に自分の腕を絡め 

機嫌のいいときに口ずさむ歌のメロディーをハミングしはじめた


タクシーの運転手が お客さん よほど良いことがあったんですね 

と話しかけるほど その夜の母は楽しげだった





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