結婚白書Ⅳ 【風のプリズム】


昨日の夕方着いた僕らは すぐに桐原の家に顔を出した

三年ぶりに会う祖母は 思っていたよりずっと元気な姿で僕らを迎えてくれた 

僕の就職をことのほか喜んで あらかじめ用意しておいてくれたのか 

”はい 就職祝い” とのし袋を手渡された

お年玉はもうおしまいね と言葉が添えられたので 

来年から僕がお年玉を送るよと言うと えぇ待ってるわ と

嬉しそうな返事をくれた


三年前の祖父の葬式がきっかけで知った父のこと

あの時感じた怒りや戸惑いといった負の感情は もう思い出すことも

なくなっていた  



肌寒いと感じたのもつかの間で 沖にくりだし釣り糸を垂れるころには 

南国の暖かな日差しが降り注ぎ 汗ばむ陽気になっていた

知り合いに借りたという船は大人数でもゆったりで 高志おじさんと

要さんの家族 僕と実咲 

それに春休みで先に帰省していた葉月の総勢12人が乗り込んでいた

貸切だから遠慮なく騒いでいいぞ無礼講だと要さんの号令がかかり 

賑やかな船上になっていた


今日の獲物は用心深いのか それともみなの声が大きすぎるのか 

垂れた糸になかなか魚が寄ってこなかった

痺れを切らした高志おじさんが 先にメシにするぞーと声を掛けると 

和音おばさんと円華さんが持参した弁当の包みをひろげ ほどなく昼食が

始まった



「その漬物 うまそうだな 取ってくれ」


「美味しいわよ 桐原のおばさんの秘伝だもの」



漬物を渡すだけかと思っていたのだが 円華さんは要さんの大きく開いた口に 

一切れポンッと入れ 要さんがその指をパクンとはさんでニヤッと笑っている

私の指は漬物じゃないわよ と悪戯をする子どもに言うように 円華さんは

驚きもしないのだ



「ちょっと ふたりともやめてよね 賢兄ちゃんがびっくりしてるわよ 

ほんっとにもぉ いつもこの調子なの 8歳も違うから 

いつまでもお母さんにベッタリなのよ 呆れるでしょう」


「8歳も離れてらっしゃるんですか わぁ そうは見えないわ 

円華さん若い……あっ ごめんなさい」



実咲はとっさに謝ったが 円華さんは いいのよ いつものことだから

気にしないで と大らかに笑っている



「お二人は恋愛結婚ですよね 馴れ初めって聞いてもいいですか?」


「馴れ初め? ないない 俺がこの人に惚れただけ」



鈴ちゃんは 呆れ顔で父親である要さんを見ていたが ふと思い立ったように

話しだした



「高志おじさんと和音おばさんって どうやって知り合ったんですか? 

いつも仲がいいなぁって思って 長い付き合いだったとか?」


「いや 困ったな……」


「あら 困る事ないじゃない 私たちね お見合いだったのよ 

3回か4回会って結婚を決めちゃったの」


「えーっ!!」



この答えに 大輝と鈴ちゃん もちろん実咲も驚いていた



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