結婚白書Ⅳ 【風のプリズム】
三年前 祖父にもらったカメラを今回持参していた
何か考え事があると このカメラを持ち ふらっと出かけていったのよと
祖父の思い出を語ってくれる祖母の顔をカメラで捉えると 温かい笑みを
浮かべてくれた
高志おじさんと和音おばさんは 照れくさそうに並んでくれて
要さんと円華さんは 頼みもしないのに肩を組んでポーズを決めてくれた
葉月と朋代さんにレンズを向けると 美人に写してねと 妹の生意気な口が
僕へ注文をつけた
この二人は良く似ている 意志の強そうな口元なんて母と娘はそっくりだ
そして ニッコリと笑った葉月の目は父に似ている
父が苦労して築いた家庭の形が見えて 僕は幸せな気分に包まれた
二人を写したあと 父のカメラを大事にしてくれているのね ありがとう……
朋代さんに そう告げられたのも嬉しかった
このカメラには 幸せな風景が良く似合う
いつかまた この顔ぶれを撮りたいと思う
そのときは 今回仕事で参加できなかった父も一緒だといいのだが……
僕と実咲は 翌朝の早い飛行機で帰るため 空港近くのホテルを予約しており
名残惜しかったが みんなに別れを告げ桐原の家をあとにした
「来て良かったよ ありがとう」
「素直なのね 今日は特別かな 賢吾 いい顔してるもん」
シャワーを浴びたあと 実咲の髪を拭いてやるのも今夜が最後だと思うと
彼女への感謝の言葉も素直に出てきた
湿り気のある髪を鼻先につけると ほんのりハーブの香りがした
実咲を後から抱きしめて長い髪に顔を埋めた
「初めてキスしたときって覚えてる? こんな感じだったね」
「覚えてるよ 実咲の髪を褒めたら 手を見せてって言われて手を出した」
「そうそう こうやって胸に抱いたの 今でも好きだな 賢吾の手」
「実咲って呼んだら 後ろを振り向いて……ほら 照れないでこっちを向けよ」
僕らは数年前と同じようにキスをした
あの時と違うのは 相手のことを充分に知っているということ
実咲のどこに触れたら身をよじりくすぐったがるのか
どこに触れたら僕の好きな甘い声をだすのか知っているように
僕のことだって彼女はすべてをわかっている
互いに慣れ親しんだ体を合わせ 時を惜しむように相手を求めた
胸の下で 汗ばんだ顔で微笑む実咲のすべてを写し取るように きつく
抱きしめた
全身で抱擁する僕を 彼女もまた 力を込めて抱きしめてくれた
「いつか……また 一緒に暮らせるといいな」
「うん そうだね……」
それが約束の印であるように コツンと額をあわせ
もう一度 いつか一緒にと僕はくり返した