結婚白書Ⅳ 【風のプリズム】
実咲の実家は山陰の城下町にあり 近くにある城は天守閣がある
珍しい城なのと彼女が自慢するだけあって その美しい外観は僕の目を引いた
あのまま東京へ帰ったほうが早いのにと ここまで強引についてきた僕に
ブツブツ言っていたが 市内観光に連れ歩く彼女の顔は 満更嫌でも
なさそうだった
挨拶をするというほど堅苦しいつもりではなかったが 実咲の家族に会って
彼女と交際していくのを認めてもらおうとの思いはあった
バイク事故のときお会いしたが あの時の僕はベッドに寝たままで
実咲の両親とは話らしい話をしていない
僕の体をずい分心配してくださったそうなので 元気な姿を見てもらうのも
彼女の家を訪ねた理由のひとつだった
夕方の飛行機で東京に帰るつもりでいたのだが ぜひ夕飯を一緒にと言われ
断れずに実咲の家族と夕食を共にすることになった
県外の大学に通っている妹も帰省していて 高校生の弟の厳しい視線のもと
少し窮屈な感じがしなくもなかったが 実咲の勧めもあり家族のテーブルに
ついた
家族が代わる代わる僕に あれこれと聞いてくる
僕も答えながら こちらから質問をする
夕食が出来るまで そんな時間が過ぎていった
「遠野君 飲めるのかな」
「はい 人並みには」
僕の返事に 実咲のお父さんは嬉しそうな顔をし 酒を持ってくるように
お母さんに声を掛けた
その頃になると 僕の緊張もほぐれ 今なら自分の気持ちを上手く話せそうな
気がした
この雰囲気なら申し分ない よし ここで言ってしまおうと急に思い立った
「飲む前に聞いてもらいたいことがあります」
「なんだろう そんなに畏まらず楽にして」
僕は胡坐を解き正座すると お父さんに向かい合った
「これからも 実咲さんとお付き合いをさせていただきたいのですが……」
「えぇ……」
「僕もやっと就職が決まりましたが当分は余裕がないと思います
ですが いつかは彼女と一緒にと思っています
あの……そのときは 結婚を許していただけないでしょうか」
「やっぱりこういう展開になるね そんな気はしてたんだが
ふぅ……いいでしょう」
お父さんから笑みを含んだ言葉をもらえるとは思っていなかっただけに
僕は一気に肩の力が抜け落ちた
「もういいでしょう 足を崩して楽に」 と言われ 安堵とともに正座を
ほどこうとしたときだった
「ねぇ どうしてそうなるの? 私 聞いてないよ」
実咲の涙声が聞こえてきて 僕もお父さんも そして 部屋の隅で聞いていた
お母さんも一様に驚いた
「私のことじゃない どうしてお父さんに先に言うの」
「えっ 昨日言ったじゃないか」
「一緒にって それだけじゃない わたし……」
いきなり立ち上がると 実咲は小走りに部屋から出て行った
残された僕らは戸惑いながら 実咲の背中を見送った
いや 戸惑っているのは僕だけだ 妹たちは お姉ちゃん どうしちゃったの?
なんて あっけにとられている
「女心は複雑なのよ 遠野君 実咲の部屋は二階の奥だから行ってあげて
二人でゆっくり話してきてね」
「すみません……いってきます」
ご両親に頭を下げ 僕は実咲の後を追って二階へと昇っていった