結婚白書Ⅳ 【風のプリズム】
結婚
たった2年離れただけで 東京の街はこうも変わるのだろうか
電車の窓から望む風景の変わりように 昨夜とは また違う驚きを感じていた
成田から家までの道のりで見えた 夜の街並みにも同じ事を思ったのだが
ここには常に新しい物へと変化する街のエネルギーがある
古い物にばかり向き合ってきた僕にとって そのエネルギーは少し眩しすぎた
博物館から研修生として2年間の勉強期間を与えられ 念願の留学を果たした
とにかく得るものが多く 僕を送り出してくれた職場の同僚達には
感謝しきれない
昨夜は母や浩二さんたちと賑やかな時間をすごし 今日の午前中は帰国の
報告のため職場に顔を出した
懐かしい面々と再会し話も尽きないところだが 来週からまたお世話になります
と挨拶だけをして実咲との待ち合わせ場所に向かった
先に来ていた彼女の顔はにこやかで 僕の顔を見ると指で小さく丸を描いた
「来週 もう一度来てくださいって
そのとき詳しいお話をしますって言われたわ」
「一人で大丈夫?」
「いやだぁ 私 いくつだと思ってるの」
えーっと 実咲はもう誕生日が過ぎたから 俺よりひとつ上だし……
歳を言いかけた僕の口を 実咲の手が慌ててふさいだ
こんなところで言わないでよと怒られ オープンカフェのほかの客の視線を
浴びる羽目になってしまった
そんなさなか メールの着信音が鳴り出した
「葉月だ 早く来てくれって催促だ 相当困ってるようだな」
「お義父さん真面目な方だけに 説得するのは大変そうね」
「そうなんだよな 親父の苦虫を潰したような顔が目に浮かびそうだ……
お兄ちゃん 助けてくれってさ」
「葉月ちゃんに頼まれたら 賢吾だってなんとかしたいでしょう
急ぎましょう」
カフェを出て 若葉の茂る街路樹を 実咲の手をとり歩き出した
海外で暮らした名残りとでも言うのだろうか
カップルでも夫婦でも 自然に手を繋いで歩くのを見慣れたせいか
僕らも当たり前のようにそうしてきた
実咲と結婚して7年 まだ子どもはいない
積極的に望んだこともなく まだ若いのでいつかはと思っているところだった