結婚白書Ⅳ 【風のプリズム】
祖父が使っていた部屋をそのまま書斎にしたため 部屋のあちこちに
祖父を思わせる名残があった
僕が中学生の頃 石をもらったのもこの部屋だ
”好きな子にあげるといい その子を護ってくれるはずだ” と
意味ありげな顔をした祖父からもらった石は その後 実咲の物になり
今でも大事に持ってくれているらしい
ふさぎこんでいるのではないかと心配していたが 2年ぶりに対面した父は
思ったより元気で 僕らを嬉しそうに迎えてくれた
向こうでの暮らしぶりや 仕事で新しく得た知識など 学んだことの多かった
2年間だと告げると 興味深げに頷いては感心している
30分ほどそんな話が続き やはり葉月の話題に触れないわけにはいかないと
思い 恐る恐る話を切り出した
「葉月のこと 反対してるんだって?」
「賢吾にも言ったのか……早すぎる 葉月はまだ若い」
「お父さんが反対する理由は 若いからって事だけじゃないよね」
「……本気だと簡単に口にする 本気だから認めてくれと言うが
結婚はそんな簡単なものじゃない」
眉間の皺が忌々しげに寄り 整った目鼻を歪ませている
父の端正な顔は 葉月の自慢だった
”葉月ちゃんのお父さんステキねって みんなが言うの” などと
兄である僕にまで自慢げによく言っていた
そんな娘の言動を 父は静かに笑って見ていた記憶がある
その可愛い娘が いま 父の顔を曇らせている
いつもなら 上手い具合に話を取り持ってくれる実咲も 父の頑なな様子に
言葉を控え じっと聞いていた
ドアの外から食事の仕度が出来ましたよ と朋代さんの声がして
いま行くと素直に返事をした父の声にホッとした
飛び出して行ったっきり帰ってこない葉月が 気にはなっているはずなのに
誰もそれには触れず
父の気持ちを刺激しないように 一見和やかに見える食卓だった
父との会話は仕事のことが中心で 新年度の配属先で勉強してきたことが
生かせるとか 大学の後輩が続けて採用され 頼りにされていると僕が言うと
大きな組織をまとめていく立場になり 今年は忙しくなりそうだ
人事も怠りなくなどと 父も踏み込んだ話をしてくれた