結婚白書Ⅳ 【風のプリズム】


「葉月 仕事はどうするつもり 辞めるの 続けるの」


「続けようと思ってる……」


「そのつもりなら産休の申請は早めにして 

復帰するなら その段取りもあるでしょう」


「だけど お父さんが許してくれなきゃ」


「それとこれとは問題が別でしょう お父さんが反対したら

産まないつもりなの?」



この発言には そこにいたみんなが驚いた

産まない選択など誰の頭にもなかったはずだ 朋代さんの口からでた厳しい

言葉に 父にも狼狽が見えた  



「産むわよ お父さんに反対されても」


「そう……まずは子どものことが最優先 育休のあとの保育園はどうするの 

調べたの? 

手続きが遅れると預けられないってことにもなりかねないのよ」


「うん……」


「あなたたち 少しことを軽く考えすぎじゃないの 

お腹の子どもは成長するの 待っていられないのよ 

こんなことでは先が思いやられるわね 私もお父さんと同じ考えですから」



母親の思いもかけない言葉に 葉月はうろたえた

お母さん そんな……と言ったきり言葉も出ないようだ

朋代さんの強さを見た気がした

僕が知っている朋代さんの姿は 父に寄り添い穏やかに微笑む姿がほとんどで 

今日のような強い言葉を聞いたことは一度もなかった

けれど もしかすると これが朋代さんの持つ本来の姿なのかもしれない

家庭のある父と出会い 葉月と同じように親に反対され おそらく味方も

いない中 父への思いを貫くために大変な思いをしたはずだ

娘の辛い思いを知りながら厳しいことを口にする その強さがあるから 

父とふたりで困難を乗り越えられたのだろう

朋代さんの言葉は ふたりに向かって言っているようで 実は葉月への言葉に

思えた

結婚する覚悟が出来ているのか 子どもを育てていく心構えが出来ているのか

二人がこれから進もうとしている先には こんなことが待ち受けているのだと

現実問題として葉月の前に提示した

僕には そう思えてならなかった



「覚悟が足りない そういうことだ」



それだけ言うと 父は険しい顔をしたまま自室に立ち去った



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