結婚白書Ⅳ 【風のプリズム】


お母さんは 自分たちが子どもを持つことで 賢吾への愛情が半減するのでは

ないか

賢吾が寂しい思いをするのではないかと危惧したのだと 父の話は静かに

続いた



「私は そんなことはない 生まれてみなければわからないと言ったのだが 

お母さんの気持ちは変わらなくてね

そんなときある方がおっしゃったんだ 子どもの数だけ愛情は増すのだと 

それができるのは見返りを求めない愛情があるからだとおっしゃった」


「親の愛情は 無償だってこと……」


「うん その話をきっかけに気持ちがほぐれたようだ 

ようやく子どもが授かって 

8月生まれだから葉月と名づけた

葉月とは 稲の穂が張る月 初めての月 と言う意味がある 

実りの多い人生であって欲しいと二人で決めた」



転勤の繰り返しで 実家を遠く離れての子育ては大変だっただろうに 

そんなことはない 

葉月を見ているだけで幸せになるといつも言っていたと そこで話を終えた 

父も葉月も黙ったままじっと動かない

僕には 父から娘へ確かなものが届いたように思えた



「お母さんが そんな思いをして産んでくれたのよね……

なのに私 自分の思いばかり押し付けて 

お父さんに反発ばかりして……お父さんの言ったこと 

覚悟が足りないって意味……やっとわかった」



うなだれた肩が小刻みに揺れだし 小さな嗚咽が漏れてきた

大人びた顔の妹がこのときばかりは幼く見え 僕は葉月の背中を撫でることで

僕の気持ちを伝えた

葉月がいたから僕も ここにこうしていられるのだと……



「わかったのならもういい それで充分だ」


「本当にごめんなさい 私……」


「二宮君のご両親にも挨拶に行かなくてはいけないね 

それに籍も早く入れなくては」


「えっ 許してくれるの」


「最初から反対などしていない……二宮君を呼んできなさい」


「彼 さっき帰ったの 歩いて駅に行ったから呼んでくる」



そう言うと葉月はいきなり駆け出し その背に 走るんじゃない と父の声が

掛けられた

今度は喧嘩せずに話ができそうだねと父に告げると 穏やかな顔は 

そうあってほしいよと笑った




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