もっと美味しい時間
頑張って歩き出すと、時々荷物を下ろして肩や腕を擦り、また歩き出す。それを繰り返しながら道のりを半分くらい過ぎたところで、後ろから声をかけられた。
「ひとつ持ってあげる」
この地にまだ知り合いはいない。けれど、女性の優しい声に振り向いたしまう。
「あっ……」
そこに立っていたのは、スーパーに向かう時に隣のマンションから出てきた綺麗な女性だった。私が一礼するとつかつかと歩み寄ってきて、左手に持っていた荷物を勝手に持っていってしまう。
「あ、あの、重いですし、知らない人に持ってもらうわけには……」
「知らないかもしれないけど、大変そうだったし。それに、帰る方向一緒でしょ?」
そうか。マンションから出てくるときに、この人も私に気づいていたんだ。
それでも申し訳ない気持ちには変わらなくて……。
どうしようかとモジモジしていたら、その女性はさっさと歩き出してしまった。
「えっ、あのっ、待ってくださいっ!!」
「モタモタしてたら重さを感じちゃうじゃない」
重さなんて全く感じさせない笑顔でそう言うと、モデルさながらのウォーキングで歩いて行く。
私はといえば、小走りでちょこちょこと後を追う子供のようだ。何せ、一歩一歩の歩幅が違いすぎるんだもの……。
せっかく重い荷物をひとつ持ってもらったのに、マンションの近くまで着いた時には、ゼーゼーと肩で息をするくらい疲れ果てていた。
「私はこのマンションに住んでるんだけど、あなたは? ここから近い?」
住んでるわけじゃないけど、言っちゃってもいいよね?
「私は隣のマンションで……」
そう言うと、彼女の顔が怪訝そうに歪む。
「そう言えばあなた、スーパーに行く途中、大きな声で“慶太郎さん”って言わなかった?」
やっぱり聞こえてたんだ。おもいっきり叫んじゃったからね。
「あ、はい。すみません。彼からの電話だったので……」
「隣のマンションで、慶太郎……」