もっと美味しい時間
運転席から一人の男性が降りてきて、こちらに向かって歩いてくる。
誰かのお迎え? 周りを見渡しても、私以外に誰もいない。
何で? 何でこっちに来るのよっ!?
前を向いたまま、ゆっくりと後ろに下がっていく。歩いてくる男性が携帯に目をやったその隙に……!!
走りだそうとして、見事ガッチリ手首を掴まれた。
「イヤーっ!! 離してっ!!」
「大きな声を出さないで下さい」
低音の落ち着いた声に足が止まる。何故だか私の直感が、危険人物じゃないと教えていた。なんて、私の直感は当てにならないけど……。
逃げるのを止めゆっくりと振り返ると、慶太郎さんと歳や背格好が似ている、素敵な男性が立っていた。
「藤野百花さんですよね?」
「は、はい……」
この人、何で私の名前を知ってるんだろう?
訝しげに顔色をうかがいながら、次の言葉を待つ。
「あれ? 東堂支社長から話、聞いてませんか?」
慶太郎さんから? どういう事?
「えっと……。タクシーが来ると聞いてたんですけど」
「ったく。慶太郎のやつ……」
「慶太郎?」
それに今、チッと舌打ちしたよね?
「あっいや、こちらの話で。申し遅れましたが私、大阪支社秘書室室長をしております、櫻井京介といいます。支店長から連絡が入りましたので、百花さんを迎えに参りました」
「えっ? でも会社の方に送ってもらうわけには……。帰り方さえ教えていただければ自分で……」
帰ります……と言おうとしたが、グッと腕を引っ張られると無理矢理車へと乗せられてしまった。