もっと美味しい時間  

まさかその綾乃が、同じ会社の大阪支社にいると誰が思う。
出社一日目の俺の驚きようといったら……。
どうやら俺が大阪支社長に決定する前、秘書室室長になった京介がヘッドハンティングしていたらしい。有望な人材が欲しいと……。
そして俺の大阪赴任と同時に、この会社に入社したと言うわけだ。

全く、タイミングが悪すぎる。
しかも、支社長室を開けるとそこで待っていたのは……。

「本日より支社長専属秘書に任命されました、西園寺綾乃です。よろしくお願い致します。慶太郎、久しぶりね」

嘘だろ……。
頭を抱えて動揺している俺に近づいてくると、彼女の香水の香りが鼻を刺激した。その匂いに自分を取り戻すと、綾乃から離れ自分の席に座った。

「西園寺さん、よろしく頼むよ」

俺の返答に不満そうな顔をする綾乃。

「何で他人行儀なのよっ。せっかく再会できたのに……。やっぱり私たちはお互いを必要としているのよ。もう一度やり直し……」

「悪い綾乃、それは出来ない。俺には心から愛している女性がいる。正式ではないが婚約もした。近いうちに結婚するつもりだ」

綾乃の顔が悲しそうに歪んだ。でも、それも一瞬のこと。
昔と変わらない自信に満ちた表情に戻すと、ピンと背筋を伸ばし腕を組んだ。

「そう、ざーんねん。でも昔の親友として、また仲良くしてね」

「あぁ、そうだな」

そう返事をしたものの、俺は一抹の不安を消すことは出来なかった。

< 55 / 335 >

この作品をシェア

pagetop