もっと美味しい時間
少し沈んだ気持ちのまま会社に向かい、フロアに入るとさっきのやりとり。
美和先輩と寺澤くん。きっと私に元気がないことに気づいているんだと思う。だから明るく接してくれているんだ。
やっぱり持つべきものは、話のわかる先輩とちょっと軽い同僚だねっ!
なんて、訳の分からないことを考えていると、書類で頭をポコッと叩かれた。
「藤野、これ間違ってるぞ。やり直し」
高垣新課長に訂正書類を渡される。
「すみません、すぐやりますっ」
「いいぞ、急がなくて」
高垣課長は慶太郎さんより一回り上の42歳。慶太郎さんと比べても劣ることのない仕事力だけど、優しすぎるところが玉にキズ……と専務が言っていたのを聞いたことがある。
上に立つ身の人間は、優しさと厳しさ、両方を備え持っていないといけないらしい。そういう意味では、慶太郎さんはバッチリだ。
私としては、高垣課長のほうがう~んと仕事しやすいけどっ。
なんちゃってっ!!
ペロッと舌を出しおどけていると、美和先輩に笑われてしまった。
「ちょっとは元気になったみたいね。今晩一緒にごはんでもどう?って誘おうと思ったけど、もう必要ないか」
「はいはいはーいっ!! ご一緒しますっ。ちょっと聞いてもらいたい話もあるし……」
「そっか、了解。じゃあ適当にお店、予約しておくね」
そう言って手帳をペラペラとめくり出すと、それを聞いていた寺澤くんが身を乗り出してきた。
「はいはいはーいっ!! 俺もご一緒しまーすっ」
「寺澤は却下!」
美和先輩にバッサリと斬られると、叱られた子犬のようにシュンと小さくなってしまった。ちょっと可愛いかも。
「先輩、寺澤くんも連れてってあげようよ」
「百花がいいって言うなら、私はいいけど……」
「寺澤くん。はじゃぎ過ぎないって約束できる?」
「なぁ藤野。俺ってお前の中でどんな男だと思われてるわけ?」
「う~ん……。子犬?」
「なんだよそれ~」と項垂れる寺澤くんの肩を擦り、「じゃあ行かない?」と声をかけると、
「行きます、ワンっ!!」
寺澤くんのひと吠えに、フロア中に笑い声が響いた。