もっと美味しい時間
ドアを締める前に腰を屈ると、グッと顔を近づけた。
「黙って送られろっ」
その言い草に唖然としている私を見てフッと鼻で笑うと、バンっとキツくドアを閉めた。
な、な、何あの人っ!! さっきと口調が変わっちゃってるんだけどっ。
今はしれっとした顔して、電話しながら煙草吸ってるし……。
最初のイメージとぜんぜん違う人じゃないっ!!
って言うか、真逆だよっ真逆っ!!
あれはまさしく“二重人格”ってやつだっ!!
あんな人がそばにいて、慶太郎さん大丈夫なの?
ひとり車の中で憤慨していると、要件を話し終えたのか、櫻井京介とやらが運転席に乗り込んだ。
「まったく。目的地に到着できないなんて、あんたの頭ん中、小学生レベル?」
最初に見た時、素敵な男性とか言っちゃったことを大いに反省するよ……。
初対面であんた呼ばわりされる覚え、私にはないもんっ!!
この最低最悪男っ!!!
やっぱり私の直感なんて当てにならない……。
何も言わず黙って無視し続けると、右腕をスーッとなぞられた。
「ひゃあっ。何するんですかっ!!」
「だって無視するからさ。そんなに怒るなよ」
「怒りますよっ。もう、なんだって慶太郎さん、こんな人に頼んだのかなぁ」
「あっ俺、あいつに頼まれてないから」
はぁっ!? 頼まれてないってどういうこと?
さっきは、いかにも慶太郎さんから頼まれたみたいに、舌打ちしちゃってたじゃないっ!! それに、慶太郎さんのことを“あいつ”呼ばわりするなんて……。
いったいこの人は何者なの?
「ここまでタクシー手配するように言われたんだけど、俺暇だったから来ちゃった。それにあいつの女の顔も見てみたかったし。だから、あんたにいろいろ芝居うったわけ。分かる?」
「そんなこと分かるかっ!!!」
そう文句を言うと、櫻井京介とやらは面白くて堪らないとでも言うような顔で笑いだし、車を走らせた。