もっと美味しい時間
少し目眩を覚えて、その場にしゃがみこむ。
「百花っ」
「来ないで……」
駆け寄ろうとした慶太郎さんに、今まで出したことのないような低い声で呟く。
今は近寄ってほしくない。
どんな理由であれ、綾乃さんとキスした慶太郎さんには……。
まだ目眩は治まっていない。でも、誰ひとり口を開かないこの場所に居たくなくて立ち上がると、大通りに向かって歩き出す。
フラフラとする私の足取りを見て、京介が手を出した。
「いい……」
それをそっと拒否すると、今までの沈黙を破って慶太郎さんが口を開いた。
「百花、待て。どこに行くつもりだ?」
そんなこと、慶太郎さんには関係ない。どこに行こうと何をしようと、私の勝手だ。そのまま何も返事をしないで慶太郎さんの横を通り過ぎようとすると、今度は綾乃さんが話しだした。
「私が慶太郎にキスしたのが、そんなに気に入らない?」
当たり前でしょっ!
気に入らないどころか、腸が煮えくり返ってるよっ!!
表面上はなんでもない顔をして、心の中ではそう叫ぶ。
この女は、何様のつもりなんだ。人を馬鹿にするのも、いい加減にしてほしい。
もう誰の声も聞きたくない。
両耳を塞ぐと、猛ダッシュで走りだす。
「百花ーっ!!」
「待てよっ!!」
慶太郎さんの叫び呼ぶ声も、京介の呼び止める声も無視して、ただひたすら走り続けた。