【長編】Little Kiss Magic 3~大人になるとき~
彼女がいない自室はこんなにも広かっただろうか。
ソファーに沈み込み身体を横たえ目を瞑ると、堰き止めていた砦が決壊したように、耐え続けた感情が溢れ出した。
滲む視界に浮かび上がった彼女の幻は、心からの笑顔を僕に向け佇んでいる。
触れることの叶わない幻に手を伸ばし、虚しく空を掴んだ手は震えていた。
昨夜別れを決めてから、彼女の車が消えるまで、一粒の涙も見せなかった香織
その気丈な振る舞いに頭が下がった。
今、彼女は車の中で涙を流しているのだろうか。
付き添いに気を使い、まだ耐え続けているのではないだろうか。
香織が涙を流すまでは、僕が泣くわけにはいかない。
彼女が声を上げて心を開放するまでは…
僕は…泣くわけには…いかないんだ。