【長編】Little Kiss Magic 3~大人になるとき~

「この森は闇が深い。あなたにまで何かあったら香織がどれだけ心配するか…。
どうかここでお待ち下さい」

秋山氏の腕を強く掴み真っ直ぐに彼の瞳を見据えると、自分でも驚くほど凛とした声が部屋に響いた。

「香織は僕が命に代えても必ず無事に連れ戻します」

決意を伝えるように掴んだ腕にグッと力を込めると、秋山氏の瞳に少しずつ冷静さが戻ってくるのが分かった。

苦しげに顔を歪ませギュッと両目を瞑る。

それから少しの間を置いて、僕の肩を掴むと「香織を頼む」と小さく呟いた。

返事の変わりに肩に置かれた大きな手にポンと手を重ね応えると、すぐに身を翻し香織が消えた闇に向かって走り出す。

僕の後を追いかけるように紀之さんもすぐに外へ飛び出した。

こういうときの行動の速さは流石、常日頃から危険を意識している一族の人間らしいと思った。

「紀之さんは森の北側をお願いします。僕は南へ回る」

「分かった。何かあったらすぐに携帯を鳴らせ。幾ら護身術を一通りやっていても相手は鵺だ。くれぐれも無理をするなよ」

厳しい表情でそう言い、返事を待たずに駆け出した紀之さんの姿は、すぐに森の闇に呑まれ見えなくなった。



足音が闇に吸い込まれ、森の奥深くへと消えてゆくと、一瞬の静寂が訪れる。



昼間は木の葉が風に揺らぎ、煌く木漏れ日で幻想的に輝いていた森も、今は音も命も全て吸収し、暗闇に閉じ込めるブラックホールのようにしか見えない。

香織はこの闇の中、一人で安田さんを探しているのだろうか。

耳を澄ませ、全神経を磨ぎ澄まし香織の気配を風の中に感じてみるが、闇は香織の存在など知らぬとでも言うように、何も語らない。

不気味なほどに静まり返り大きく口を広げる闇を、まるで生き物に対峙するように睨みつけると、迷う事無く紀之さんとは反対方向へと足を踏み入れた。


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