神名くん
此処は図書室では、と考えてしまった。神名くんは、そんなこと気にしないのでしょう。相変わらず私を下ろそうとしないで、ある一面に向かいました。
空いていた腕を動かしてある一冊の文庫本を手に取ると、私に渡してきたのです。私は慌てて手を伸ばしてそれを受け取る。表紙はシンプルで、ひらがなで"こころ"と題名が書かれていたのです。当時はその横の筆者までもは理解出来ませんでした。
ですが、今となっては、漢字は読めますしこの本がどれだけ名作でどれだけ有名な方が書いたのか、それらは解るものです。ですが、小学生には些かこの本は難しかったのでは。しかし、彼は
「これ、貸すから読みなよ。」
「こんなの読んだこともないよ。」
「読んだこともない、じゃなくて読めないの間違いでしょ。小学生ならもう漢字も習っている筈だよね。読めないの?」
この発言にはカチンときたのを覚えています。確実に読み切ってこの人をぎゃふんと言わせてやる。その闘争心で一杯でした。
「出来る。」
彼を上目遣いで睨むと、彼は鼻で笑ったのです。これが、きっかけで私は文学を好んで読む様になりました。それは、この人のおかげなのでしょうか。良いことに転んだのかは、今だに不明な点ですが。
そして、それから9年という歳月が私たちをゆっくりと追い越して行ったのです。