神名くん
「また、その様なことを言うのですね。神名くんは、もう少し、冗談を上手に言って下さらないと私めまでも勘違いしてしまいますよ。」
勿論照れ隠しです。彼の言葉には流石に慣れてきはしたのですが、何せ彼は私を誉めるのが好きみたいで、そろそろその内容が冗談だと自己解釈しなければ、私は保てそうにないのです。
「嫌だな。そんな、こと――」
神名くんが何かを続けようとした時に、机の上に置かれている昭和以前の黒電話が鳴り響いたので神名くんは残念ながら言葉を飲み込んだのです。ジリリリ…、とした音は広い書斎に響かせます。
神名くんは、そっと私から離れると黒電話をとるのです。この黒電話は、神名くんの仕事用なのを知っていた私はそっとその場を離れました。勿論両手一杯の本たちを本棚にしまってからです。
多少、後ろ髪を引っ張られる感覚はしましたが、神名くんの仕事を邪魔するつもりはまったくもって皆無です。
毟ろ、邪魔したらしたで嫌われたくはありません。好かれているという自惚れはありませんが嫌われているという感傷もないのです。
(神名くんは、そんなこと、の続きは何を言いたかったのでしょうか。)
階段を下りながら私はふと窓の外を見ました。西日が辺りを赤く照らす。あまりにも幻想的であまりにも悲壮的でした。まだ、春なために神名くんの屋敷の敷地に植えられている桜は満開で地面にはピンクの絨毯を敷き詰めてくれていたのですが、それまでもを西日が赤く染めあげていました。