神名くん
神名くんに近付き神名くんのジャケットのポケットに手を突っ込むと意外にも温かく、近くにある神名くんの匂いが私を落ち着かせてくれるものでした。そして、私がこんな事をしているものですから、神名くんは、小さく息を吐くと、己のジャケットのポケットに手を突っ込むのです。
私の手に重なる大きな神名くんの手は温くてやはり落ち着くものでした。寒い外でふざけ合っている私たちでしたが、不意に神名くんは、口を開いたのです。
「ごめんね。」
突拍子もない。簡素な謝罪でしたが、それが何を意味し何について謝罪しているのかが私には解りました。そして、その謝罪は簡素な四文字であっても中々と心の込もったそれで、再び私は涙ぐむ状況へとさせるのに充分でした。
そんな、私に気付いてしまったのでしょうか。神名くんは、私の手を包んだ左手を左ポケットから出すと私の頭を優しく叩きそのまま胸へと引き寄せたのです。
「あれさ、偽名だから。」
言い訳の様に呟いたそれは、私を慰める為のようでしたがそれひとつで充分私を安心させる材料にはなりえたのでした。何も言いませんでした。ただ、今だ繋がっている右手は神名くんの手を、離れた手は神名くんのジャケットを、ただ強くにぎりしめました。
「大丈夫。言える覚悟とを持つことが出来た時に、初めてはにのに教えるから。」
「……、約束ですよ。」
「嗚呼。」
勿論さ、と付け加えてくれた神名くんの声音も私を1番に信じてくれる言葉もとてつもなく甘く私の脳内に流れ込んだのでした。