神名くん



周りはもちろんざわつきました。きっと、私が何故泣いているのか不思議でならないのでしょう。しかし、私めもそのようなことは分からないのですから、きっと答えられない私を見て周りは更にいぶかしげな目を私に送るのでしょう。そのようなことは変に慣れてしまったためか別にどうということはないのです。



しかし、神名くんだけは、私のことを知っていた気がします。ゆっくりと卓上からこちらに来ると、私の元で足をとめたのです。そして、下から私を覗きながら、



「にの。」



と、小さく。本当近くの人でも分からないくらいに小さく私の名前をいつもの調子でつぶやいたのです。そして、呟いた後、優しく笑んで私を安心させたのです。この人にはいつもいつも凄いという感情しか浮かび上がりません。どうしてここまで人を安心させることができるのでしょう。私には、この笑みひとつでこの涙の理由が理解できた気がします。



神名くんがこの担当をすることを反対することも、クラスメイトたちが久水先生を忘れたかのように明るくふるまうことを反対する気もないのです。ただ、彼が生きていたという確かな時間は皆の心には刻まれ焼き付いているはずなのです。それを忘れてほしくなかっただけなのです。



まるで、皆それまでもを忘れようとしているようで。怖かったのだと自分で理解するのに神名くんを必要としただなんて。本当に私って、全て神名くんがいないとダメなようで情けなくかんじてしまった。最後に目じりに溜めていた涙を一気にぬぐい神名くんに笑みを向ける。



「大丈夫ですよ。神名…先生。私はもう大丈夫です。すみません。心配をかけました。私は山本仁乃といいます。好きなことは読書と、友人宅に毎日通うという習慣は意外にも気に入っているという状況です。これからどうぞよろしくお願いします。」



神名くんは、安心したかのように頬を緩めると「よろしく」と言ってそのまま教卓に戻っていった。




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