【短編】そばにいるよ。
 
家庭科室に戻ると、あたしのぶんの紅茶と試食用のケーキを差し出してくれた穂乃花にお礼を言って、とりあえず椅子を引いて座る。

あたしが不機嫌になっていた理由のひとつに、ようやく焼けたケーキを、さあ食べよう、というときになってナオに邪魔をされたことが大きく、つい声が大きくなってしまったのだ。


「ん!美味しい!」

「けど、スポンジのふわふわしっとり感がもうちょっと出るといいかもね」

「うん。クリームも、たぶんもう少し甘さ控えめで口当たりがなめらかだと、嬉しいかも」

「だね」


穂乃花とあたしは家庭科部に入っていて、今の時期は、家庭科部の恒例行事であるクリスマスケーキの販売に向けて、日々、試作と試食を繰り返すという、体重計に乗るのが怖くも、なんとも美味しい時期になっている。

生徒はもちろん、先生方や父兄の皆さんも毎年楽しみにしてくれているものなので、中途半端な出来にはできず、自然とあたしたちの試食も厳しいものになっていく。

そこをナオのやつは、今じゃなくてもいいのにも関わらず、のこのことヘラ顔でやってきたものだから、気にくわないのは仕方がない。

あたしは別に、食欲の鬼、というほど、食べることに関して執着しているわけではないのだけれど、楽しみを取り上げられた気分になり、つい、ナオにキツい言い方をしてしまった。
 
< 5 / 54 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop