おやすみ、先輩。また明日
調理室にザッハトルテを取りに行く途中、
廊下の向こうから見知った背の高いシルエットが歩いてくるのに気付いてぎくりとする。
足を止めそうになったけど、必死に動かしてそのまま進む。
なるべく気付かれないように人にまぎれて、目を合わせないように。
けれどすれ違った直後、強く右腕を掴まれた。
「杏」
「……っ!」
鼓膜を揺らすのは、掠れた低音。
久しぶりに間近で見た大好きな人の顔からは、表情が一切消えていた。
そんな顔で、わたしをずっと見ていたの?
「俺は、遅かったのか」
「……え?」
「もう手遅れなのか」