地下世界の謀略
服の上から突き付けられた無機質なそれに、月は固まったまま動かなかった。
心臓が忙しなく動く。
ただ初めて知る冷たさに、底知れぬ震えを感じたのだ。
(それは歓喜か、恐怖なのか定かではない)
「分かるか?これを引いたらどうなるか」
耳元で囁かれた心地の良い声音が、繊細に鼓膜を震わせる。トリガーに青年の爪が当たって、カチリ、とやけに大きく音が鳴った。
辺りの静寂さが緊張を生む。
「銃が無きゃ何故死ぬか?───この"世界"が殺しを必要としてるからだよ」
淡々と、青年が言葉を紡ぐ。
その美しい黒曜石のような瞳が不安げに揺れるのを見て、この世界の理を一体誰が咎めることができようか。
(悲しみを映すその瞳を)
スッと静かに銃口が下ろされる。
彼は私に死の現実を知らしめようとしたのだと、不器用ながらに伝わってきた。
安堵とも言えぬ何かに膝から崩れ落ちた私を、青年はまた、見下ろす。
「ここから出してやる」
「………え」
「この世界でもマシな所へ連れてってやるって言ってるんだ」
「ほ、本当に?」
気だるそうに頷いた青年の言葉に目を見開いた。この短時間の内の切り替わりに疑問を抱くが、今の月にとってありがたい事には変わりなかった。
腰を抜かしていた自分に差しのべられた手、躊躇しながらもそれにすがる。
立ち上がった私を一瞥した青年は、「よし、行くぞ」と何の挨拶も説明もなしに、そんな事を言い出す。
呆然とする私を置いて先を歩き出すので、慌ててその後を追いかけた。
「ちょっと、ねえ、もう行くの?」
「さっきの奴等に八つ裂きにされたいなら残ってどうぞ」
「………」
「分かったら黙ってついてこい」
横暴すぎる命の恩人もよくいたもんだ。
─────そして月は、名前すら知らない青年に連れられ、ようやくこの「地下世界」を歩き出したのだった。