地下世界の謀略
あれから本当に道ではない道を歩いた。
こんなところにあったのか、と疑問に思ってしまう程思いがけない道があの下水道に存在した。
しかし青年はそんなこと当たり前だとでも言うように、降りたり、壁を壊したり。
───そしてようやく下水道ではない道を辿ったところで、草木に埋もれた、扉を発見したのだ。
「此処が俺の仮住まいだ」
青年はそう断言して緑に埋もれた扉を開いた。
キィ、と少し古びた音を立てて開かれた扉からほんのりと生活の臭いが漂ってくる。
「……おじゃま、します」
足を踏み入れれば床が軋んだ。
それを気にかけず青年は月の横をすり抜けて、黒いコートを年季の入ったソファーに脱ぎ捨てた。月が佇んでいると、青年は此方に振り向いて、視線で私に入るように促した。
「安楽街まで何ヵ月かかるか分からないからな、寝泊まりは此処で我慢しろ」
「安楽街?」
「この世界で唯一安全な場所の名前」
安楽街、なんとまあ幸せそうな町名だ。
それを口には出さず、月は黙って部屋の中を見渡した。
───テーブルの上にラジオ、ひとつのソファー、本棚、トイレ、浴室。
基本的な物は一通り揃っていたがどれも配色がバラバラだ。多分、寄せ集めの家具でこの部屋を作ったのだろう。それにしても生活感に欠ける部屋だと思った。
「そりゃ、地下世界だからな。まともな新品なんてありゃしねえよ」
「……顔に出てた?」
「思いっきりな。アンタ嘘がつけないタイプだろ。俺が眞田と話してた時も、思ってること丸分かりだったし」
喉を鳴らした青年に馬鹿にされているようで、月は口角を下げる。見透かされていたと思うと気分が悪かった。
「…だって、貴方たちが話してること難しすぎて分からないから」
───彼が恐れる何かに値するであろう"荊"についても、眞田の意味ありげな言動も。
月にとっては縁のなかった言葉だらけで、頭がついていかないのだ。