地下世界の謀略
空白
「────洧梠(いろ)、あの子は何故落とされたの?」
女は問う。
闇の向こう、華やかに飾られた玉座らしき椅子に座る洧梠と呼ばれた人物は、如何にも太々しい態度であった。
「そういう運命だったから」
運命、という言葉を随分重く謳う。
女は静かに目を細めて、自分の主の言葉を待った。
こういう時は下手に指摘したりしない方が賢明だと女には分かっていた。
そして何故彼女は堕ちたのか、側近の自分にも分からない。彼以外、誰も。
「運命。そう……運命だったと捉えてもいい。期は熟していたんだから」
「運命、ね。彼女は何も思い出してはいないようだけど」
「彼処にいれば…徐々に思い出していくさ」
───彼女が堕ちた地下世界なら。
さぞかし絶望しただろうに。
堕ちた理由も何も知らないまま堕とされ、おまけに一部とはいえ記憶も消されて。
まあ、そんな同情の言葉は主を前に言えるわけもないのだが。
なんせこの男、気に入らないことがあれば命途絶えるまで獲物を追い詰める残虐性を兼ね備えている。
「嗚呼、苛々する」
「洧梠……」
「今、彼女はどうしているかな」
禍々しい気を出しながらも、彼は何処か楽しそうであった。
側近はそれを横目に見つつ口を開く。
「あの青年と一緒よ」
「……なんだって?」
「彼女と行動を共にしてるの」
「…へえ。それはそれは、楽しそうな喜劇だ」
吐き捨てるようにそう言って、男は玉座から降りる。何処へ行くのか、彼は側近の女に何も告げぬまま姿を闇の向こうへ消した。
同時に溜息をつく。
毎回毎回、あの気まぐれ主の相手をするのは骨が折れるのだ。
「────生きられるのかしらね、あの子」
(惨酷な荷を、記憶が抜けたあの子に継がせる事になるであろうに)
日の光すら浴びる事のできない彼処で、呼吸すらできず朽ちることもあり得るのだ。
(彼女は、不幸か?)