地下世界の謀略
アルトが何を考えているかわからない。
しかし、力なく握り返された手は、確かに優しい。
置いていかないよって、言われてるみたいで。
「そんな変な心配してると、敵に付け込まれるぞ」
弱い心は付け込まれやすい。
荊はもはやどんな手を使って此方へやってくるか、誰にも分からなくなってきている。だからいざという時にも、強い心を持っていなければいけないのだと遠回しながらに月にも伝わってきた。
「……不安なの、街の笑顔は上と変わらないのに自分だけ除外されてる気がしてならないんだよ」
「…」
「それにね、言ってなかったけど私、此処に落とされた時の記憶がないの。だから怖い、どんどん孤独に飲み込まれていくみたい」
「月」
興奮したように胸中を語る月に、アルトが初めて彼女の名前を呼んだ。それに驚いたらしい彼女は一瞬止まって、ようやく口を閉ざす。
相変わらず仏頂面で、彼は私を落ち着かせようとする。
「大丈夫だ」
馬鹿みたいに、それだけ。
立った一言で、ストンと私の中にその言葉が享受された。
「記憶がないから何だよ。こんな世界じゃ記憶がないなんてよくあることだ。気に病むことでもねえだろ」
要するに、時間をかけて思い出す努力をすればいいだけの話だ。そう言ってアルトは、普段は浮かべない微笑を送ってから布団の中に潜り込んだ。
月も固唾を飲んでから、何も言わずアルトの隣に潜り込む。一人分の広さなため、二人の距離は零に等しい。
(……暖かい)
久しぶりの安心する人の温度に、涙腺が刺激された。
暫くして、どちらからかともなく「おやすみ」と呟く。
背中を向けあっていても、背中からお互いの体温を感じ合いながら二人はぼぼ同時に目を閉じたのだった。