地下世界の謀略
誰がための鮮血
捕らえられたのはいつだっただろう。
(──もう覚えてない、思い出せない)
ただ気がつけば自分はそこにいて、自分は誰なのか朧げなまま鎖に囚われていた。
四方を見渡して見えるのは泥などで茶色くなった壁と目の前に在る鉄の楔。
何もない、在るのは痛みに悲鳴を上げる己の身体と質素なベットだった。
いつものように白い服を着た人間が、自分の体に実験器具を突き刺し、投薬されるのももう慣れたもので。また今日も同じことが行われるのだろう、そう思っていた。
────しかしその日いつもと違ったのは、鉄格子の外にいた女の子が、自分に話しかけてきたこと。
『はじめまして、アルト』
薄汚れた髪を掻き分けて、その女の子は鉄格子の間から手を伸ばしてきた。
透き通るような、声だった。
何も返さず目線だけ向けていると、女の子はむすっとした顔をする。
『挨拶もできないの?』
『……なんで、名前を知ってる?』
思ったまま口にすると、女の子はにっこりと笑ってなんだ、そんなこと!とおどけて見せた。
『だってあなた、とても綺麗な顔してるんだもん』
『………は?』
『私綺麗なものとか人が大好きなの。だから、あなたと話してみたくて、研究員の人に無理言ってあなたの名前を教えて貰ったってわけ!』
ちょっと教えてもらうまで苦労しちゃったけどね。
彼女の薄い服から見える白い肌には、無数の傷が見え隠れしていた。彼女は自分と同じ、実験体だったのだ。自分の名前を教えてもらうためにいつもより酷い仕打ちを受けたのだと言う、馬鹿なやつ、と罵った。
そして驚愕したのはそんなことより、彼女の絶望を見せぬ瞳の強さ。