前夜に乾杯【短編】
ボロボロの顔をあげた先に、彼はいた。
スーツにコート。普段着で来るっていっていたのに。
ハァハァ息を切らしながらやってきた彼は全力疾走だったらしい。目の焦点は定まってないし、髪の毛はきっとストレートアイロンをしたはずなのにオールバックになってるし、「ちょっと肩貸して……」と死にそうな顔で頼んでくる。ちょっと怖い。
「来ないか、って思った…………」
思わず呟いた。彼は肩に乗せていた顔を勢いよくあげた。
「なにそれっ!?いでっ」
「痛いのは私なんですけど…」
顎がひりひりする。この石頭。
信じられないといった目で見つめてくる。
きゅう、と腕を掴まれて「言い訳を聞いてくれる?」
「まず、携帯電話で連絡しようとしたら電源がつかなかった……」
オイ。
「焦って、絶対外ほら雪も降ってるしそれでさ会社からタクシー乗ったんだけど、渋滞に巻き込まれた」
「なになんかついてないね」
しゅん、と耳が垂れてるみたいに。
かなり落ち込んだ表情をしている。
子犬みたいだ、思わず笑ってしまった。
「それで?」
「とりあえず寒いだろうと自販機でコーヒー買って、そのまま走ってきた」
自販機でって、この展開……………。
彼はやっぱり彼だった。
不器用で、決まらない、それが彼。
何を見てきたんだろう、彼はそこまで器用な人間ではないのに。