二度目の恋
 美月は玄関の扉を閉めた。家は暗く電気はついていなかった。靴を脱ぎ、家の中に上がろうとすると、そこに悲しく横たわるマットとなったリュウの姿があった。美月はそのマットを見つめた。<リュウ……>美月はそのマットをリュウの墓に一緒に埋めたかった。愁にも伝えたかった。でも美月にはそれが出来なかった。あの父親だ、何をするか分からない。そしてそのマットを避けて家の中へ上がった。
「早い帰りだな」直也が立っていた。「ごめんなさいパパ。ちょっと遅くなっちゃって。今食事の用意するから」美月は慌てて台所に向かおうとすると、直也は美月の腕を掴んだ。美月は立ち止まり、直也を見た。「橘愁か」直也は美月を睨みつけた。「橘愁に何を言った」それでも美月は黙っていた。「今日、美天村へ行っただろ」美月は瞼をピクリとさせた。慌てて違う会話に持っていこうとした。「パパもお腹空いてるでしょ。何食べたい?」だが、直也はピクリとも動きはしなかった。「彼奴に何をしゃべった」直也のこめかみに血管が浮き出た。顔の筋肉が痙攣(けいれん)した。美月はその直也の顔に恐怖し、動けなくなりまた震えが起こった。すると突然美月を殴りつけた。美月はそのまま飛ばされ、床に尻餅ついた。「奴に……何をしゃべった」直也はまた一歩前に出て美月に近づいた。
 美月は直也を驚きの目で見ると咄嗟に立ち上がり、直也の横を走り抜けた。直也は振り返り美月を追った。美月は階段を上がり、二階の部屋へ逃げ込むと鍵をかけ閉じこもった。直也は美月を追って二階へ上がり、逃げ込んだ部屋の前に着くと、ドアノブをガチャガチャと回して引っ張った。ドアは鍵が掛かっていて開かず、ドアを蹴り、思いっきり叩いて叫んだ。「開けてくれ。美月、何故逃げるんだ。パパが悪かった、さっきはぶったりして。もう怒らないから、お願いだから開けてくれ」美月は部屋の中でそのドアを叩く音に、恐怖を抱きながら泣いていた。部屋の中は月明かりが充満していた。ドアから離れ、ゆっくりと歩いて月明かりも届かぬような部屋の隅に腰を下ろしてただ、その物事が収まるのを待った。それでもまだ直也の声は響き渡った。
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