二度目の恋
 「愁は?」村人の群衆の中にいるガン太が芳井に言った。「さあ、村の何処かにいるんじゃなぁい?ほら、愁はかくれんぼ好きだから」芳井はチョコ棒を銜えながら興味なさそうに言った。ガン太は呆れかえり、竹中を見た。竹中はタバコを銜え、首を傾げて苦笑した。そしてまたガン太はステージに体を向けた。まだ唯は迷っているようだった。この後の段取りを考えられなかった。愁がまだ村に来ていないとは考えもしなかった。村人のざわめきは止まらなかった。<どうしよう……>唯の頭の中は真っ白だった。
 「彼奴何やってんだ?」群衆の中のガン太は唯の姿に呆れて言った。その時、騒ぎ喚く声が、群衆の後ろから聞こえた。まず、後ろを振り返ったのは竹中だった。その姿にガン太が振り向き、側にいた恵子と静江も振り向いて、最後に芳井も振り向いた。群衆は皆後ろを振り向いた。その姿に唯も気づき、俯いていた顔を上げた。二人が乗った自転車が村人の群に、もの凄いスピードで向かっていた。村人はざわめいた。「シュウちゃん?」静江が言った。それは紛れもなく愁と健太郎の姿だった。
 「退いて、退いて、退いてー!」愁は懸命に叫んだ。「ああ、お母さん、助けてください。僕はこれから良い子にしますから……」健太郎は口の中に籠もって、呪文を唱えるように言っていた。二人の乗った自転車は村人の群に向かい、村人は目を丸くしてその驚きを隠せなかったが、自転車が突っ込んでくる直前に村人は皆二手に分かれて間に道をつくり、二人が乗った自転車は村人の目の前を通過していった。そしてステージの横を通り、駅前に張られたテープの前に立っている浅倉唯に向かった。また、唯も立ち往生してドギマギしていたが、接触する瞬間に何とか避け、二人の乗った自転車はテープを切り、バランスを失いつつも大声で喚きながら駅に突っ込み、狭い改札を通って黒く堅い鉄道に当たり、大きな音を立ててそのまま二人は自転車とともに倒れた。そして汽笛は黒い煙とともに放たれた。
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