二度目の恋
竹中が言うと、唯が立ち上がり台所に行った。みんなの話に入れなかったのは芳井だった。カードを睨みつけ、進まないゲームをずっと進むまで待っていた。愁と健太郎の話は聞いていた。二人の話に入り遅れた自分に苛立ちを感じ、体をカードに隠すように小さくなって、カードを手に持ち、皆が忘れた進まないゲームが進むまで待っていた。
「止め止め止め!や~めた」
 芳井の苛立ちが最高潮に達した。突然大声でそう放つと、手に持っていたカードをテーブルに叩き付けて、目の前のビールを飲み干した。
「唯!ビール」
 ジョッキを大きく掲げ上げた。
「はいはい」
 台所から声が聞こえると、唯はビールを持って、健太郎と竹中と芳井の席の前に置いた。唯は自分のビールを手に持って、健太郎の隣に座った。芳井はビールが置かれた瞬間、手にとって飲み始めた。
「今日は実に気持ちいい。記念日だ。かんぱ~い」
 竹中が言うと、みんなジョッキを高々と掲げた。一人だけビールを飲み始めていた芳井も、その姿を見て慌てて高々とジョッキを皆と同じように掲げた。


 神霧村の周りの山は、所々にもみじの葉で赤く染まっている。田園の稲は全て刈られていた。夜道を月明かりが照らしている。愁と健太郎は、ボロボロになった自転車を押しながら歩いていた。村役場からの帰りだ。
「いい人達だった」
 健太郎が言った。
「ああ」
「愁はこの村で育ったんだ」
「そうだ」
「いいよね。自然がいっぱいあって、何か、まだ古風な感じで」
「そうか?」
「そうだよ」
「どうしたんだ。急に」
「いや、別に……ちょっとよかったなって。だって、俺の育ったところは自然なんか無かったぜ。それに、愁にも尊敬できたし」
「なんだ?」
「愁のお父さんはすごいよ。鉄道を通そうとするなんて……愁もすごいよ、それを受け継ぐんだもんな」
 愁の顔色が変わった。
「親父の話はするな」
「え、何?」
 健太郎はその言葉がよく聞き取れなかった。
「親父の話は、俺の前ではするな」
 愁は健太郎を睨みつけ、自転車を押して歩いていった。健太郎は訳が分からず立ち止まったが、すぐ愁の後についていった。二人は少し離れた間隔で歩いた。二人の歩いている横には、暗く、明かりのついていない美月の家が、月明かりで黄色く染まっていた。
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