二度目の恋
 愁の目の前に乏しい明かりがついた家が見えてきた。愁の家だ。愁は近づき、玄関を開けた。健太郎も少し後れを取って玄関に辿り着いた。
 「かあさん!」愁は呼んだ。家の中は片づいていた。ゴミもなく、綺麗だ。奥から恵子が顔を出した。
「遅かったわね」
「ごめん、何か盛り上がっちゃって」
「よかったわね。今日は泊まるんでしょ。早く家の中に入りなさい」
「ごめんかあさん。今日は帰るよ。明日早いし、まだ、終電には間に合うでしょ」
「あら、そう」
 恵子は悲しい顔をした。
「自転車、置いていっていいかな。ボロボロで乗れないや」
「いいわよ。今度はいつ来るの?」
「分からないけど、すぐ来るよ」
「寂しいわ。体に気を付けてね。食事をきちんと取りなさい。今度来るときは、愁の好きな物をいっぱい作って待っているから」
「分かった」
「健太郎君もまた来てね」
 恵子は愁の後ろにいる健太郎に呼びかけた。
「はい、分かりました」
 健太郎は言った。
「じゃあ、帰るね」
 そう愁が言うと、家を後に二人は歩いていった。恵子は暫く二人を見送り、また家の中に入って、ドアをゆっくり閉めた。恵子はドアを閉めた瞬間、ドアに寄りかかり、息を引きつり、手を胸にあてた。苦しい思いがした。そのまま、床にしゃがみ込んだ。それは、寂しさからでた苦ではなかった。いや、それもあった。愁への思い、それも勿論ある。だけど、それだけではない。自分でも分からない苦しみが、恵子を襲っていた。様々な苦が重なり合って、涙が出た。
 恵子は息を引きつり、手を胸に当てながら、震えた足を一生懸命立たせ、ふらふらと足を進ませて居間につく。そして窓に近づき、這い蹲(つくば)うように壁に寄りかかって、そっと外を覗き込んだ。
 そこには暗闇に浮き彫りされた、美月の家があった。
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