二度目の恋
「何点?」芳井が聞くと、竹中はテレビを見入って悔し紛れに答えた。「三対二。九回裏だよ。もうダメだ。テレビ消して!」愁がテレビを消した。ガン太はまた手にカードを持ち「また、やろう」言い、カードを配り始めた。「じゃあ、僕はピラフ作るね」唯は台所に向かい「おう!頼むよ」芳井は言った。愁はまだテレビの前に立っていて、何も写っていない黒い画面を見ていた。「ほら愁、やるぞ。席につけ」竹中が言うと、愁の俯いていた顔が上がり「僕、知らなかったよ。パパ、野球好きだったんだ……」言った。その言葉にガン太が顔を上げ、みんなも愁に注目した。「家で、テレビ見たことなかった。キャッチボールもしたことなかった……」言葉ではとても表現できないような複雑さが、愁の心に渦巻いた。「ああ、好きだったよ。野球、大好きだったんだ」竹中は、優しい口調で言った。「でも亨、愁は野球出来ないって。嫌いなんだって言ってた」芳井が竹中の話に、口出すように言った。「嫌い?僕、パパとそんな会話もしたことないよ」愁は言った。「キャッチボールしたことあるよ」その言葉に、みんな竹中を見た。「昔、愁が小さい頃、亨と愁はキャッチボールしたことあるんだ。怪我したんだよ。大怪我だよ。亨とキャッチボールしていて、愁の頭にボールが当たって、病院に運ばれたんだよ」竹中は、静かな口調で言った。「そうそう、大変だった。亨、パニックになって『うちの息子を殺しちまった!』って、俺んとこ駆けて来たもんなぁ」ガン太が言った。
 唯が台所からピラフを運んで来た。「愁ちゃんの前では野球のこと、触れたくなかったんだよ。はい、ピラフ」それぞれの席にピラフは置かれた。「はい、愁」唯は、まだ立っている愁にもピラフを渡した。みんなピラフを見つめていたが、芳井だけはガッつくように食べ始めた。「あれ?味変わった?」芳井が言った。「分かる?ちょっと隠し味」唯は少し照れ気味に、頭を掻きながら答えた。「うまいよこれ!」ガン太がスプーンを手に持ち、一口食べた。「よかった~ガンちゃんあんまり誉めてくれないから……」唯は言った。
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