二度目の恋
<パパと来た湖。あれから一度も、ここには足を踏み入れなかった。青い湖。白い花。ああ、妖精だ。おいで。何で草に隠れているの?僕、ここなんだ。あれ?あの赤い花、妖精に変わっちゃった。こっちへ来る。体中に光を放って、こっちへ飛んでくる>体から放った光が散らばり、そこらに茂る草の上に降り立つと、その草は花となり、赤や黄色、白と様々な色の花が咲いた。<ここは……ここは何処なんだ……パパ、ここは何処なの?>
 愁は何もない物を、掻き分けて歩いていた。ゆっくりゆっくり手を広げて歩いた。


 車のクラクションの音がする。遠く、車のエンジン音が聞こえてくる。荒れ狂うエンジン音。愁は振り返り、茂みの中へ体を突っ込んで、草を掻き分けて駆け抜けた。
 草を掻き分け掻き分けて、辿り着いた。愁はまだ道に出ず、茂みの中から、車のエンジン音がする方向へ、草を掻き分けて顔を覗かせた。だが霧は深く、エンジン音が鳴り響くだけで、車の姿は一向に見えなかった。愁は道に出た。自転車に凭(もた)れ、車を待った。
 微かに車のヘッドライトの光が、霧の中に浮かび上がってきた。徐々に車のエンジン音が大きくなってくる。徐々に徐々にエンジン音が大きくなると、車の姿が幻想的に霧の中から浮いてきた。大きな荷物を抱えた小さなトラックが、愁の方へ向かって来る。‶ガタガタ″と音を立てて、今にも落ちそうな荷物。初めて見る車。村の人ではないようだ。
 気がつくと、車はもう目の前に来ていた。霧が視界を邪魔し、遠近感を誤魔化していた。車の走る音だけが響き渡り、今愁の前を通りすぎる。
 車の窓は曇っていた。愁からは曇った窓で車の中は見えなかったが、車が通り過ぎる瞬間、誰かが車の中から指で窓を拭き、外を覗いた。それで愁は見えたんだ。<少女だ……少女がいる……>ジッと、窓から覗く少女の瞳を見た。<なんて、澄んだ瞳なんだ……>その時、少女と目があった。愁を見つめ、通り過ぎる。ただ呆然として、愁は立ち竦んだ。
少女は、青い瞳をしていた。
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