二度目の恋
 次の日、村に霧がうっすらと舞い込んでいた。まだ雨は仄かに降り注いでいる。愁は村役場にいる浅倉唯に、恵子が焼いたカスタードクリームがたっぷり入った、自慢のシュークリームを届けた帰りだった。傘を差し、家に向かっている。地面に雨が叩きつけられる音、雨が傘にあたり跳ね返る音、愁の水溜まりを踏みつける音しか聞こえなかった。愁は村役場から、家までの長い道程を歩いていた。いつもと同じ景色に同じ道、一週間止まない雨、愁は何か退屈に思い始めていた。
 愁の遠目に人影がぼやけて見える。少女だ。少女は雨に打たれて佇んでいた。愁は立ち止まって<また、あの子だ……>思った。愁はその少女に話しかけるかどうか迷ったが、勇気を振り絞って話しかけることにした。そして愁は少女に歩み寄った。少女は俯いて悲しい顔で立っている。愁の姿には気づかなかった。「あの~」愁は声をかけた。少女はその声にビクッとして、脅えた顔で振り向き愁を見た。愁はまた静かに声をかけた。「名前……なんて……言うの……?」微笑んで少女を見た。少女はそれでも、愁を脅えた顔で見ていた。「傘……あげる。風邪……引くよ」愁は傘を差しだしたが、少女は傘を持とうとはせず、ジッと愁を見ていた。「み……つ……き……」嗄れた声で言った。雨の音でよく聞こえなかったが、愁はもう一度少女の言葉を待った。「く……ら……お……か……」愁は少女を見ていた。「み……つ……き……」少女の名前が分かり、愁は笑顔で咄嗟に答えた。「僕の名前は愁。橘愁って言うんだ。年は十二才。来年中学一年生。この村には学校が無くて、隣町まで行ってるの。山道を通って。倉岡さん?み、美月……ちゃん?美月……」美月の顔が少し微笑んだ。「この村、子供が僕しかいないの。よかった、この村に来てくれて。一緒に行けるね、学校。あれ?……美月は、年いくつなの?」美月は微笑んでいて、恥ずかしがるように俯いた。「どこから来たの?前に山で美月を見かけたよ。二度ね。その時も雨だった。美月と会うときは、いつも雨だね。……美月と呼んでも?」美月は俯きながら頷いた。愁は興奮していた。自分の村に子供がいる。愁は嬉しくて、自分の思いついたことを口にした。すると、美月は俯きながら、小さな声で言った。
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