僕のとなりは君のために
観覧車に乗り込んだ途端に、君は静かになった。
拳を握り、それをアゴに当て、窓の外を見ている。

アゴに手を当てるポーズが好きなのか、君はよくこのポーズをする。

このポーズをしているときの君はとても知的に見え、まるで別人になったような横顔からは微かに悲しみさえ滲み出ていた。

そして、これは唯一君が静かになるときでもあった。

あらためて君の横顔を眺めた。

白い肌にほんのりピンクに色づいた頬。

長い睫毛の下に隠れた黒い瞳が、真剣に外を見つめている。

薄くて柔らかそうなみずみずしい唇が少しだけ上向きに突き出していて、その姿はなんだか母親に怒られて拗ねた子供のようにも見えた。

「なに?」

君は僕の視線に気づいて、首をかしげた。

そして、脇に置いてあったリュックをおもむろに漁ると、何を取り出して投げてきた。

「これ、読んで」

僕の膝に投げてきたのは、一冊の大学ノートだった。

『愛を叫ぶ』

昨日僕が運悪く手をつけたもので、そして僕がこうして拉致されている発端の元凶でもある。

昨日は気づかなかったが、ノートの左下に、小さく『天野音子』と書いてあった。

君の名前だろうか、そのときはとても君にぴったりだと思った。
もちろん、静かなときの君だけど。

「これをどうしろと?」
「昨日読んだでしょ? だから最後まで付き合って」

君がにっこりと微笑んだ。

まるで太陽のような可愛い笑みだ。いつもこんな風に笑ってくれればいいのに、と思った。

「付き合って?」

「うん。途中でデートシーンがあるんだけど、書けないの。だからこうしてデートに誘ったでしょう」

「誘った・・・・・・」
誘われた覚えなんて一つもないが。

「なに? こんな可愛い乙女とデートできるんだから、不満でもあるわけ?」

「・・・・・・ないです」

もう何も言えず、ただこの青息吐息のひと時が早く過ぎることを願った。
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